「ウォーキング・日記」#115《 霊峰立山・剱岳登山(3)》                                                                                                  2010.09.19
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12日、全員4時半に起床しました。
私は夜中、何度も目が覚めました。嵐の音だけじゃなく剱岳に臨む興奮の為かも…
5時半の朝食の時にも嵐はおさまらず、15時ぐらいまでこの状態が続く予報に変わりました。若リーダーや仲間の判断で、私たちの剱岳登頂は次回挑戦することになりました。
他の仲間には申し訳なかったのですが、私はこれは神様の思し召しだったと思います。
いくら若リーダーが頑張って私を引っ張り上げて下さっても、私にはマダ剱岳に登る資格が無かったのです。
天気が悪くならなかったら、仲間に大変な迷惑をかけるところだったのでしょう。
も〜少し鍛錬して、今回の仲間と一緒に登頂できるように頑張ります。

「剣山荘の外に出るのも気合がいるね!」と話しながら山荘を発ったのは、8時5分でした。嵐の中、ハイマツに囲まれた急坂を室堂の「みくりが池温泉」に向かいました。
まるで台風の中を歩いているようでした。
稲妻が時々光っていたので、若リーダーが振り返り笑いながら「雷が落ちるかも分からないから、3mは離してついてきてくれる」と言われました。冗談だと分かっていたので私は離れずついて歩きました。
雷の恐ろしさを知った黒部五郎岳の時も、リーダーが離れて歩くように言われました。
その真意が分からず「なんて薄情な!」と思ったのですが、本当にあの時は此処で死ぬのかなぁと思いました。
それに比べたら、風もあの時よりはマシでした。でも油断していると吹き飛ばされそうだったので、体の大きな若リーダーの後ろにピッタリとひっついて歩きました。
案外と岩場は滑りませんでした。
途中、別山乗越にある剣御前小屋で雨宿りと小休憩をしましたが、何もかもずぶ濡れでした。熱いカップラーメンを食べましたが、レインの下が濡れていて寒かったです。
小屋の管理人の助言で雷鳥沢を下りました。
雨が小降りになった室堂のみくりが池温泉の手前は、嫌になるほど階段、階段、階段でした。最初階段の数を数えながら上っていたのですが、途中で腹が立ってきました。
毎朝登っている鉄拐山(145段)の10倍ぐらいあったでしょうか?
本当は5倍ぐらいだったかな?
みくりが池温泉に着いたのは12時でした。濡れた靴、レインウェアー、スパッツ、その他、身に着けていた殆どの物を乾燥室で干し、温泉で温まりました。
その後は、軽〜い宴会で“熱燗で乾杯!”
温泉と熱燗でいっぺんに体は温まりました。
若リーダーと仲間は夕飯まで仮眠していましたが、私と不老さんは雨が止んでる間に地獄谷からの硫黄の臭いがたちこめる宿の周りを少しだけ散策しました。


13日
、5時半に起床しましたが、警報が出るほどの嵐でした。
6時に朝食をとり、7時半に宿を出て室堂発8時の高原バスとケーブルカーで立山に戻り、車で神戸に帰ってきました。
神戸に帰ってきたのは15時でした。

尻すぼみのウォーキング日記になりましたが、私が剱岳日記を書ける日を“乞うご期待下さい!”
今回、剱岳には登れませんでしたが、仲間との絆は深くなったと喜んでいます。
仲間の皆さん、今回も本当に有り難うございました。


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