《 第19回 神戸二中時代の回顧》                                                                                               2009.08.21
                                                  

寒稽古
武道の時間は柔道か剣道かの二通りしかなく、私は柔道を選んでいた。柔道の先生は刈込(かりこみ)先生と云い、温厚な先生であった。
職員室から道場までは比較的距離があったので、生徒が先生の来られるのを待つことが多かった。一度みんなが先生が来られるのを窓から見ていて、先生の姿が遠くに認められるや「オーイ、来たぞ」と誰かが皆に知らせた。ややあって先生が入ってこられ、あいさつが終るや否や「先生が来たぞ、とは何事か、先生がおいでになすった」と云えと注意されたが、東京出身の先生で、柔道専攻であったので、一同素直に聞いていた。
関西弁の悪い点を指摘され、一同参ったと云うところ。

先生方のオンパレード
二中時代の思い出に先生方のオンパレードと云うべき出番が2つあった。
全員でなく、運動会に出ると云うようなものではなくて、それでも先生方の楽しみ、自慢できる舞台であったのだろうと思っている。それは武道の寒稽古と査閲という行事の時である。
寒稽古は柔、剣道の2つであるが、寒の最中に、柔道か剣道を高学年になって行っていた。有段者の先生方はそれぞれどちらかに顔を出され、得意の教科以外にいいところが生徒たちに見てもらえるチャンスである。生徒たちは「あの先生は有段者だ」と云うことが分かり、自然と一目置いて見てくれる。
もう1つの査閲と云うのは、当時、陸軍省から中学校に、配属将校と云って、年配の経験豊かな佐官級の将校を1名派遣していた。もう1人准尉の老練な年輩の人を、各学校でそれぞれの責任で来てもらっていたと思う。そして秋には査閲と云って、1年間の教練の成果を各県の学校毎に見に来るという行事で、その府県の所在地の聯隊区で査閲の係官を各校に派遣していたのだと思う。
その日は朝から大変で、吾々生徒も緊張していた。各先生方の内で、徴兵検査を受けて入隊した経験のある先生の中には幹部候補生と云う経験と経歴を経て将校になった先生方もいて、その様な先生方が皆、その服装をして来るので、ふだんとは全く違った雰囲気になる日で、生徒たちも自然緊張していたと思う。先生方もそれぞれ面目を施す日である。

水泳訓練
夏、一学期の終り頃、低学年を対象にして水泳訓練があり、須磨浦の海岸で行われた。二中では「水府流」と云う流儀が、伝統的に継いでこられたようで、その達人がおられたのだろうと思う。私が知っている先生では、住谷勝先生が大変有名であったように聞いている。水泳には色々の流派があるようで、手足を縛って放り込まれても平気の平左で、プカプカ浮いておられる達人もいたようであるが、この住谷先生はそんな先生ではなかっただろうかと思う。ジャン公という綽名のついた数学の名物先生であった。ジャンバル・ジャンの話がとてもうまかったのでそんな綽名がついたらしい。

先生方の綽名
私が二中に入学した時、先生方の綽名を先輩や友人から色々聞かされたが、それぞれ、大変うまく妙を得たものだと感心させられた。色々とあるので、綽名のみ挙げてみる。
ニギリメス、五右ェ門、ジャン公、団子、ツルさん、毛虫、狂犬、ブルドッグ、キュウリ、パン、餅屋、コブ天、キヨちゃん、トンビ、狆(チン)、ベア(べーコウ)、鼻たれ、オコゼ、山賊、ベクさん・・・ みんな夫々特徴をうまくつかんでいました。
失礼しました。

暁行勝色会
二中に入学して、低学年(多分2年ごろ)の頃に、ある先輩から「ギョウコウショウショク会」に入るように勧誘された。表題の通りであるが、始めは何の会かも分からなかったが、勧誘した先輩が大変真面目そうな人(平山さん?)だったので入会した。
活動の内容は、日曜日の朝、長田神社へ参拝し、樹々の落葉の清掃であった。3年近く参加して、上級生の頃は勉強をしないといけないので、参加しなくなった。卒業して会の名前を良く見ると、「なるほど」と感心した。「朝早くから神に感謝し、境内を清掃し、色に勝つ」。真面目な上級生が多かったのは確かであった。

中学1年か2年の頃に、当時の時代の趨勢でもあったが、国運の隆盛を祈願して神社へ参拝することがよくあった。中学1年か2年生の頃、学年単位で長田神社へ参拝し、当時の支那事変の出征兵士の武運長久を祈願した時のことである。「招魂」の儀で神主さんが大変厳粛な、緊張した声で招魂されたので、級友の1人、2人が「クスッ」と笑い始めたのがキッカケとなり、かなりの人がざわめいた。
引率の担任団の先生方は面目を失ったので、帰校後、各自の机の上に正座さされ、散々油を絞られた。

                                                          平成21年7月8日

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