《 第15回  少年時代の夢 》                                                                                               2009.07.03
                                                  

49陽会の皆さん方にはそれぞれお孫さん方がおられると思います。
そのお孫さん方は小学校、中学校、高校に通っている人が多いことだろうと思います。
折にふれてお孫さんを相手に話をしたり、娯楽を楽しんだり、スポーツに興じたりすることもあるでしょう。私は自分の幼少時代をふりかえってみて、その時代時代に応じて色々とうまく、孫の相手をしてやることが大切だろうと思います。

私は小学校のころ、海岸近くで住んでいたため海に接することが多く、当然、海についてさまざまな関心をもつことが沢山ありました。然し、現在のようにテレビ、ビデオ、その他のさまざまな器具などもなく、子供達が懐く興味や疑問を伸ばしたり、解決してもらうには色々の困難があった。
時代が時代であったので、無理もなかったと思います。中学校の上級生の頃は、水産学科、海洋学科、魚類等に興味を持ち、その方面に進みたいと云う漠然とした夢をもっていたが、相談する相手もなく、又、時代は戦争の影響をうけていたので、その夢ははかなく消えた。
少年時代、伯父が昆虫採集に興味をもち、毎日曜日、天気さえ良ければ毎日神戸の裏山に出かけており、私は捕虫係としていつも同行し、昆虫の名前をはじめ、さまざまなことを知らず知らず覚え、自分なりに標本も作っていました。昆虫の和名もかなり覚えました。旧制松山高校時代も捕虫網を始め必要な用具を持って行きましたが、戦乱の時代で続かず中断した。
珍しい昆虫、あこがれの昆虫を採集した時の感動は、その場所と共に記憶に残っている。

二中の4年頃に、学校恒例の行事として、兵庫県の西部にある青野ヶ原(加古川市の北、小野市の西、北条市の東)と云う丘陵地で廠営訓練があり(屋根と木製の粗末な寝台のある廠舎に宿泊し、野外訓練する)、その時、深夜の不寝番に立った。
受持ちの時間は1時間であった。廠舎の入口に立って警戒に当たるのであるが、余りの手持ち無沙汰の余り、ふと空を見上げて声をあげた。
見事な初夏の満天の星が、今にも頭上に落ちてくるかと思う程きらめいていた。
私は絶句した。あんな見事な満天の星を見上げながら、宇宙とは、星とは、銀河とは…、天文に関するさまざまなことを考えていた。あの時ほど感動を覚えたことはない。
星と星をつなぎ合わせ乍ら幾何学の勉強をしているように感じた。

今、私が在籍している高槻高校の卒業生の中には、毎年のように理学部の宇宙物理関係に進学を希望する生徒が少しはおります。
それぞれの将来の活躍を祈り、大成を期待しています。
子供達に初夏の静かな晴れた夜空を、是非1度でもよいから見上げさせ、大宇宙の神秘の一端でも感得させることを強く推奨したい。

私自身は京大理学部冶金学科へ進学しましたが、これは時代の影響が強かったことと、当時の吾々の目にした映画の影響を受けたことでした。
当時の映画は長谷川一夫・李香蘭共演の大陸(とくに満州)を舞台とし、鉄・鋼・アルミニウムを始めとする軽金属が多くて、吾々が心を動かされたと云うことです。
無残な敗戦後、母校をスタートとして教育に力をつくしてきました。

                              平成21年5月16日
 

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