昭和36年12月23日 兵庫高新聞 より

49陽会の皆様、兵庫高新聞を覚えていらっしゃいますか。

写真は、昭和36年12月23日に発行された、第89号の兵庫高新聞の一部抜粋です。同窓の懐かしい名前を判読できるでしょうか。

一面は、昭和36年12月6日(水)国際会館南の磯上グランドで行われた、第31回対神戸高校ラグビー定期戦の記事で満載でした。

「試合開始1分でトライ」「40−0 本校の一方的勝利」「難なく12連破」の大見出し。

本文は、全校生の期待を一心に集めた第三十一回・・・・で始まり、以下に続いていました。

「今にも泣き出しそうな空模様ではあったが、両校の激しい応援合戦のもとに熱戦が展開された。この日は授業を三時間で打ち切り、市電十輛を借切って、一時ごろ全校生がグランドに到着。長らく待たされた後、二時前に開会式が行われ、予定より二十分遅れた二時二十分に神戸高校のキックオフで試合が開始された。けっきょく試合は本校の一方的勝利に終り、輝く十二連勝(通算二十二勝七敗二引分)を成し遂げた。試合終了後閉会式が行われ、堀川主将に”優勝カップ”が手渡された。」

試合経過では、今は亡き徳宮氏を賞賛した文が目立っていました。「・・・二十四分には徳宮が相手デイ(当時はディではありませんね)フェンスをものともせず六十ヤード快走してトライ。俊足バックスを擁す本校らしいプレーを見せた。」「・・・後半は本校のキックオフで開始されたが、前半にもまして本校の攻勢は続いた。四分に木村が、八分徳宮、十三分児山、十八分小川、二十分天宅、二十二分徳宮と一方的加点に終始。神高には攻勢一方で、スキを与えず無得点に押えた。全体を通じ徳宮選手の活躍が目立ち、持ち前の俊足の上に判断の良いキックなどみんなの目を見張らせた。」(合掌)

評の中で、本校の応援に苦言を呈した記事にはハットさせられました。それが、写真の一部記事です。我々が3年生だったのですね。(記 清水)