第47話    『総括そのU』

たしかに、明治憲法の欠陥は明らかであり、政府よりも陸軍大臣、海軍大臣の方が力が強いといういびつな内閣ができあがったのは事実ではあるが・・・

1894年(明治27年)に、起こった日清戦争を見てみよう。

戦後の歴史観から、ものを見れば、アジアにおける朝鮮ほどの被害者は他にはないと思われます。この日清戦争にしても日本と清国がよってたかって朝鮮を我がものにしょうと画策を繰り返した結果、ついに日本と清国が真っ向から衝突したかのような印象があるだろう。

しかし清国は壬午政変、甲申政変と2度にわたって朝鮮の内政問題に軍事介入し、ことごとく日朝の関係を踏みにじってきた。清国との戦争に踏み切ったのは、当然の選択ではなかっただろうか??

日清戦争には3つにきっかけがあった。
『李朝打倒』『外国排斥』を掲げる新興宗教・東学党を中心に農民連が、朝鮮各地で反乱を起こす。此に乗じて清国が、朝鮮に出兵したのが日清戦争のそもそもの発端であった。

反乱のどさくさに紛れて、清国が出兵し、朝鮮に対する影響力を動かざるものにしようとしていることは明白だった。
日本も、冒頭、躊躇があったが、清国の横暴を認めるわけにはいかなかった。そして、出兵を決定し日清戦争開戦となった。

両国の宣戦布告を見てみよう
日本−−−『朝鮮は我が国が誘って列国に加えられた独立の1国であるのに、清国は
      常に朝鮮を自分の属国といって内政干渉をし続けているではないか』
清国−−−『朝鮮は我大清国の藩属たること2百年、毎年、朝貢している国であ
      る・・・』      と。