第40話    『全学連 国会に突入』

1960年(昭和35年)  我々の17歳の時

6月15日、安保条約反対を叫ぶ全学連主流派が国会に突入、警官隊と激しく衝突し、東京大学文学部国史学科の学生樺美智子さん(22)が警察隊との衝突の中で殺された。
 
この日の午前中、総評・中立系労組111組合580万人が参加した第2波実力行使が行われたが、大きな混乱は起こらなかった。ところが、夕方になって事態は急展開を見せる。午後5時20分頃、参議院第2通用門付近にいた全学連反主流派と労組、新劇人などのデモ隊に対して、右翼の児玉誉士夫率いる維新行動隊が突入したのである。
行動隊は女性参加者の多いデモ隊をねらって襲いかかった。しかし、警官隊は右翼の行動を静観した。

一方、この日約8000人を動員して国会へのデモを行っていた全学連主流派は、右翼による暴行事件発生の知らせを国会南通用門付近で聞き、PM5:50,国会への突入を開始した。警備に当たっていた警察隊は放水車2台で学生に応戦し、約20分に及ぶ功防戦の結果、一度は学生を構外に押し出した。しかし再び衝突が起こり 7:20 約4000人が国会に突入した。学生は中庭を占拠し、警察に対する抗議集会を開くなど気勢を上げた。

しかし、午後10時7分、実力排除を開始した警察隊は、逃げる学生を後ろから警棒で乱打し、わずか10分ほどで全員を外に追い出した。降りしきる雨で足を取られる負傷者をてあたりしだい捕まえ、救急車で応急手当をした後、護送車に送って逮捕していった。門外へ押し出されたデモ隊には再突入の力はもはやなく、一部が装甲車数台に放火しようとした他は、唯、国会を取り囲むのみであった。

一連の衝突で死者1名、負傷者は重傷者43人を含め589名にのぼり、又、逮捕者は182名を数えた。