第37話    『ミッチー・ブーム』

1958年(昭和33年)11月27日  我々の15歳の時

この日の皇室会議は、兼ねてから候補にあげられていた正田美智子さん(23歳)を皇太子妃とすることを承認、内外に発表した。
正田美智子さんは聖心女子大学卒で、日清製粉の正田英三郎社長の長女である。
初めて『平民』皇太子妃だったことや、軽井沢のテニスコートでのロマンスなど、皇太子明仁親王(24歳)との『自由恋愛』を強調するマスコミ報道で美智子さんは一躍『昭和のシンデレラ』として、国民の人気の的となる。そして、ヘアーバンド・プリンセスライン・Vネック・カメオブローチなどのファッションが大流行、いわいる『
ミッチー・ブーム』を巻き起こした。

しかし一方で、この発表のタイミングは、多分に政治的思惑をはらんだものだったという見方もある。事実、警職法反対運動が空前の盛り上がりを見せ、岸内閣が窮地に陥っていたさなかの婚約発表は、不人気内閣への風当たりを弱める効果があった。マスコミは、皇室関係報道に占拠され、警職法関連のニュースは、片隅に追いやられてしまう。こうして、人々は『ミッチー・ブーム』に取り込まれていくのであった。