第29話    『日米安全保障条約』

戦後の平和は、あの輝かしい平和憲法のおかげであると戦後教育は教えてきた。これは、とんでもない子供じみた錯覚であろう。

戦後日本の平和が保たれたのは、憲法のおかげではない。日米安全保障条約(日米安保)が有ったからである。日米安保はサンフランシスコ平和条約に基づき、非武装国である日本の防衛を保障するという目的で1950年(昭和25年)に締結された。

その後、1960年(昭和35年)に改正されるが、この『60年安保』は、皆さんご存じのように、学生運動による激しい抗議行動に象徴される『安保闘争』を引き起こした。議会内の少数党の反対派を押し切って岸信介内閣が強行採決したことに学生運動などが反応し、デモ隊が連日国会議事堂を取り囲むという大騒動にまで発展したのである。与党内でも批判的な意見が出始めるなか、新安保条約は批准されたが、岸信介内閣はその直後に総辞職する。

こうして激しい反発の中で結ばれた日米安保だが、此が戦後日本にとって一番安全な戦略であったということは歴史上正しい判断であったと思われる。ただその当時、樺 美智子さんの死は、我々よく分かってなかった若者にとって、大変なショックではあった。