第23話  『東京裁判』

1946年(昭和21年)2月、極東国際軍事裁判(東京裁判)が開廷された。
1948年(昭和23年)11月に最終判決が下された。
25人がA級戦犯とされ、その内、東条英機など7人が死刑となった。
この判決は各国に飛び火し、多くの日本兵がB級、C級戦犯として処刑された。
 
裁判で有罪となり、死刑になるのは極悪人。東京裁判で死刑になった日本の指導者は、極悪人で、日本の国も悪い国。
戦後、何も知らない国民、特に子供の中にこんな気分が広がった。
『東京裁判』『日本国憲法制定』においては、いろいろな説、主張、があり、戦後60年が過ぎようとしている現在でも議論されている。

東京裁判においては、冒頭、日本弁護団の清瀬一郎博士(この方は神戸の出身で、弟、二郎(5陽会)、三郎(7陽会)各氏は2中の出身で、とくに、三郎氏は慶応大学のラグビー部創立に深く関わり、二中ラグビー創立にも、小川先生とともに、ご尽力頂いた方です。)が、裁判の管轄権の法的根拠を問うたが、『後日説明する』と、述べたきり最後まで答えを出さなかった。

又、東京裁判においては真実を探るという目的など最初から無く『日独ファッシズム』なる、実態のない概念を作り上げようという裁判であったという説もある。
ナチスのユダヤ人大逆説同様、日本も、南京大虐殺事件を起こしたではないか??と。盧溝橋事件も審議されたが途中で中止された。

日本の無罪を主張した方々もいた。インドのパル判事と、アメリカのブレークニー弁護士などである。敗戦国が故の運命か?????。