第22話  『庶民の生活』

1946年(昭和21年)終戦後は統制の時代で、物を買うのには配給切符がなければ何も変えない時代であり、人々は食糧難に喘いでいた。人々は食料を求めて彷徨い歩いた。当然のごとく、闇市の主流は食べ物であった。口に入る物であったら何でも飛ぶように売れた。

ここで闇市の方の話を聞いてみよう。『売っていたのは、いも、雑炊、スルメ、トウモロコシ、そば、うどん等。
また、ひどい物になると飲むと失明するおそれのあるメチールアルコールや本来は鶏の餌であるフスマ(私は存じ上げないのですが)などが売られていたようです。
ちなみに、リンゴ2個10円、しるこ一杯10円、スルメ1枚4円、大根1本8円、ワイシャツ1枚200円、であった。その当時日雇いで働きに行くと1日30円しかもらえず、公務員の月給は平均700〜800円であったと記憶しています。闇市で商売すると云ってもちゃんと地割りがあって、テキヤに1日10円をショバ代としてとられた。

この様な方もいたよ。
東京地裁の山口良忠判事は(32歳)は、《法の番人》として闇米、闇物資には一切、手をつけなかったところ、次第に栄養失調となり、やがて、職場で倒れた。
医師の診断では肺浸潤という病気で絶対安静。
しかも療養生活でも闇物資は口にせず、翌1947年10月10日死亡した。』と。皆さんはどのように感じますか???