第5話  戦時下の子供たち

戦時下、『小国民』と、呼ばれた子供たちも戦争とは無縁ではありませんでした。学校で、男子生徒は、先輩たちの武勲を聞かされて軍への志願を進められ、実際多くの少年たちが軍服に身を包んで教室を後にしました。女子生徒は、前線への慰問品づくりに忙しかったようです。『欲しがりません、勝つまでは』の標語のもと、遊びや、欲求は押さえられたまま、やがて、開墾作業など、『勤労奉仕』に駆り出されました。陸軍幼年学校は、13歳以上15歳未満で、受験し、3年で卒業すると陸軍士官学校に進み、陸軍のエリートコースの、スタートラインといわれ、ここにあこがれる軍国少年も多かったようです。

空襲が激しくなってきた昭和19年、政府は老人や幼児、妊産婦、病人、などを危険の少ない地へ疎開させるべきだと考え6月に学童の集団疎開を決定した。東京だけで20万人、大阪、兵庫、京都などをあわせると45万人もの人が集団疎開をさせられた。集団疎開をした子供たちの1番辛かったのは、飢え。食べるものが無かったことです。我々の兄や、年上の人は、こんな経験をしてきたことでしょう。また、疎開を経験された方も居られる事でしょう。今の、飽食の時代を、少し反省しなくてはいけないかな。
チャンチャン