第4話  我々の誕生

第3話で書きましたように、まさに戦争の真っ只中で、我々は生まれたことになります。(残念ながら記憶はありませんが)ただ日本としては、昭和17年(1942)6月ミッドウエイ海戦の劣勢が、敗戦の入り口であったのは、歴史のうえで、いがめない事実のようです。

ただ日本国内は、防空演習、国家総動員法、物資不足、闇値の横行、など、重苦しい時代であったが世の中は、産めよ増やせよの時代であったようです。 

世の中は、戦争一色ではありましたが、国技である相撲の人気は高く、王者双葉山を追って、羽黒山、照国、と言う力士が活躍しました。王者双葉山の70連勝を外掛けで阻止したことで、安芸の海は、一躍有名になりました。

相撲とは対照的に野球は、敵性スポーツと言われ、ストライクは『よし1本』アウトは『ひけ』の用語まで変えられました。昭和18年(1943)春には、6大学野球連盟も解散させられました。昭和18年(1943)秋、なぜか早慶戦だけが、学徒出陣を前に、壮行試合が神宮の森で行われました。 チャンチャン