第2話  第二神戸中学(二中)の誕生

神戸市制施工当初の小学校は、高等小学校2(雲中、神戸)と尋常小学校4(雲中、神戸、湊川、兵庫)であった。その、就学率は全国平均40%であり、明治中期までこのような状態が続いた。しかし段々と就学に熱心と成り、明治29年4月1日神戸に中学校が開校された。すなわち、兵庫県立神戸尋常中学校(神戸高校)である。

それに遅れること10年、明治39年(1906)12月26日のことである、神撫山の麓、新港川の片ほとり、遥かに兵庫の町並みを見下ろす高台で新校舎の建設がはじまった。

翌年4月、明治40年(1907)宇治川を境として、東は第一神戸中学へ、西は第二神戸中学へ分けられました。我々が勉学?に励みかつ良く遊んだ神戸二中の誕生です。       チャンチャン