#73《花に嵐》            
                                                            2013.04.20
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今年の桜の開花も異常であった。 
3月になって、桜のシーズンを迎えてからの気温の変化は著しく、20℃位の陽気になったかと思えば、次の日には10℃程度に下がるように、暖かい日と寒い日が交互に繰返す日々が続いた。
このため、桜は咲き始めてから一気に満開を迎えた。特に関東地区では記録的に開花が早く、3月下旬には満開となっていた。

当地(神戸)でも3月下旬より咲き始めて、分咲きとなった頃から急に気温が上がり、5日(金)には7分咲き、8分咲き・・・という途中の段階を飛び越えて一気に満開となり、今年の桜を楽しみにしていた人々を慌てさせた。

そして、その満開直後の6日〜7日の土日に渡り、激しい雨風となって花が散り、満開から日目の日(月)には正に“三日見ぬ間の桜かな”の言葉よろしく葉桜となっていた。
このため、週末に花見を予定していた人々はがっくりし、週明けより予定されていた入学式は満開の桜で新入生を迎えることはできなかった。


* * 明日ありと思う心
* *
 

この桜の花の開花時期の早晩はともかく、見頃を迎えたときの花を吹き飛ばす無常の嵐(雨風)ほど、期待していた人々を落胆させるものはない。
そして、この“花”に“嵐”という対比するような言葉の取り合わせは、古来より“美しいものの儚かなさ”、“あてにしたことは往々にして外れること”、“物事は予期せぬことが生じて思い通りにはなかなか進まないこと”等の例えに用いられてきた。

その有名なものとして、浄土真宗の寺院でよく見かける歌がある。

   明日ありと思う心の仇(あだ)桜、夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは
(今咲いている桜は明日も咲いているだろうと思ってはいけない、夜半の内に嵐がきて散らしてしまうことになるかも知れないのだから)       仇桜:散りやすい桜の花のこと、はかないものの例
これは、浄土真宗の開祖の親鸞上人が7歳の時に詠んだ歌とされている。

この歌は、明日をあてにして先延べすると、とんでもないことが起きて折角の機会をのがしてしまうこともある。だから、今できることは明日に延ばすな、今を疎かにするなという戒めを言っている。
他に“花に嵐(風雨)”が出てくる詩としては、于武陵という唐代の詩人の漢詩が有名で、これは勧酒(酒をすすむ)という題名が示すように、酒飲みが好む詩である。


    勧 酒 
 勧 君 金 屈 巵
 (君に勧
(すす)む金屈巵)   (※金屈巵:金の杯)
 満 酌 不 須 辞 (満酌辞するを須
(もち)いず) (※不須辞:断る必要はない)
 花 発 多 風 雨 (花発
(ひら)けば風雨多し)
 人 生 足 別 離 (人生 別離足る)       
(※足る:多い)

この詩は作家の井伏鱒二が七五調で名訳し、さらに有名になった。

 コノサカヅキヲウケテクレ    (この杯を受けてくれ)
 ドウゾナミナミツガシテクレ   (どうぞなみなみ注がしてくれ)
 ハナニアラシノタトエモアルゾ  (花に嵐の譬えもあるぞ)
 サヨナラダケガジンセイダ     (さよならだけが人生だ)

この最後の“さよならだけが人生だ”のフレーズが特に有名になっている。

酒飲みは、これらの歌や詩の花と嵐の例えを流用して、『折角、貴君と出会ったのに、今日は取りやめて次の機会に一緒に飲もう等と考えてはいけない。 
次の機会にと考えると、“花に嵐の例え”があるように、予期せぬことが起きて、一生君とは飲めなくなることだってありうる。だから今日限りの酒だと思って、君と出会っている今の機会を大切にして、一緒に飲もうではないか』
と都合のよい理屈をつけて飲むことになる。
 

* * *

この“花に嵐の例え”については、先日の満開直後にやってきた嵐をみて、ふと思い出した。
酒好きの私は、この例えを飲む理由に関連付けて覚えているため、これらの歌、詩を長い間忘れずにいるのかもしれない。
 

* * 大いなる反省 * *

さて、話を私事(わたしごと)に移すと、私は昨年11月中旬から今年3月下旬まで入院することを余儀なくされた。
酒気を帯びて帰宅途中、地下鉄の階段を踏み外して転倒し足首を骨折した。
自分ではこの程度の酒の量では“大丈夫、大丈夫!”と思っていたが、足が思うようについてこず、もつれて転倒してしまった。

70歳を目前にして4か月半に及ぶ長期間の、単調(たいくつ)で、歩行ができないという不自由な入院生活は、体力的は勿論、精神的にもかなり応えた。
そして、病院の中なので全くの禁酒であり、私にとって、4か月余の禁酒生活は酒が飲めるようになってから初めての体験となった。

これまで、大きな病気や入院するような怪我をしたこともなかったので、酒席においては病気や怪我などは全く考えたことがなく、「明日の花見より今日の花見、明日の花見もできれば尚結構」「飲めるという元気な今を大事にし、今日限りの酒と思って大いに飲もう」等といった感じで、人を誘い又人に誘われるままに、今日限りの酒をほぼ連日楽しんでいた。
それがまさか、花に嵐の例えが現実になって、突然飲めなくなる時(たとえ4か月余の短い期間であるにせよ)が来るとは予想もしていなかった。

飲めなくなってみて、どこまでも飲めるという自信が揺らぎ、大いに反省させられ、
そして、不自由な入院生活を通して、「健康体であることの有難味」、「家族がいる有難味」、「多くの友人がいる有難味」を痛感した。
 

* * 次の花見 * *

3月下旬、ようやく退院することができた。長かった病院生活から解放されて、久し振りに我が家に帰ると、近くの公園のこぶしの花は満開で、桜の花は咲き始めていた。
春休みとなり、孫たちが訪ねて来てくれた。しばらく見ぬうちに孫達は随分成長しており、顔かたちも、それぞれが乳児から幼児、幼児から小児へと、僅かではあるが変貌していた。将来、どのような子になるのかが楽しみである。

4月5日の穏やかな金曜日の昼、家内と近くの公園に行き、自由に歩行ができる喜びと共に満開の桜を堪能することができた。

   

ともかく、古稀を迎えた年に、運よく嵐の前に満開の桜を見ることができた。これからは、家族のためにも今年見た桜は“今年限りの桜”にならないように、来年、再来年、3年、4年、いやもっと先の花見もせねば と思っている。
そのためには、先ずは好きな酒は自制して飲まなければならない。
 

(終わり)

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