#71《居安思危》              
                                      
                                                             2011.09.06
                                                   (写真をクリックすると拡大)

東日本大震災という大きな被害をもたらした地震が起きてから早や半年が過ぎた。
先ず、震災で亡くなられた方々へお悔やみを申しあげるとともに、被災地の一日も早い復興をお祈りいたします。

我々49陽会のものは 100年にも満たない短い人生の間に、400年に一度という先の阪神大震災が起き、今回、M9という1000年に一度といわれる東北大震災が起きた。
地震の大きさとともに津波の恐ろしさを知り、さらに原発の原子炉破損という極めて深刻な事故(レベル7)を経験することになった。

この震災や事故を通じて、自然の持つエネルギーの計り知れない大きさを改めて認識させられるともに、リスク・アセスメント、リスク・マネージメントと言った危機管理について、 自分の身近なことも含めていろいろ考えさせられた。
 

* * 備えあれば患いなし * *

大災害が起きる度に言われるのが、“備えあれば患(うれい)なし”という言葉である。

これは、ご存知のように中国の古典(春秋左氏伝)からきている。

・居安思危 (安きに居り危うきを思う)

・思則有備 ( 思えばすなわち備えあり)

・有備無患 ((よって)備えあれば患いなし) 

この3段論法の最後の結論が独立して有名となっているが、重要なことは最初の“居安思危”即ち、世の中のシステムが平穏でうまくいっているときに、それに満足せず、将来おこるべき危険を十分考えておくことであり、次いで、ニ段目にあるように一段目で考えたことに対して十分な対策(備え)を講じておくことである。 

例えば、                                       

防災、国防と言ったものは、災害がないときに或いは平和なときに将来に起うるべきケースを十分に考えて、その対策を講じておくことである。 災害がおきてから、国が滅ぼされてからでは、いくら防災・国防を論じても遅すぎる。

・原子力発電(原発)は正しくこの言葉が当てはまる。原子力という非常に大きくかつ危険なエネルギーを利用する原発は一度事故を起こせば甚大な被害を及ぼす。 
それ故、常に安全対策を最優先してことを進めなければならない。それには、いままで大きな事故がなかったからと言って、現状の安全基準やマニュアルに満足せずに、さらなる(最悪の)ケースをいろいろ想定して万全の対策を講じ、そして非常事態になれば、即対応できるように訓練しておかなければならない。勿論これらは平常時に行なっておくものである。
今回の福島原発の大事故を見ると、これらが欠けていたように見受けられた。(もちろん、それについてのマニュアル化されたものはあったと思うが、事故後の対応がバタバタしており、結果として甚大な事故に至ったことを考えると、不十分であったと言わざるをえない)

この言葉は会社経営においても良く使われている。会社が利益をだしているとき、あるいは同じ商品が非常に売れているとき、それに浮かれずに、新らたな製品の研究開発や工場の設備に投資し、将来の不況や地震などの天災に備えておく事が大切であるということである。そして経営者の資質としては常にあらゆるリスクを想定しておくことが求められ、“想定外なことがおきたので…”という言い訳は決して許されない 。

これは身近なことについていうとパソコンにいえる。調子の良いときに、将来パソコンが壊れて大切なデータが消滅することを考えて、大事なデータはバックアップしておくことなど、常にメンテナンスを心がけておくこと が重要である。
さらに身近なものとして人の健康管理である。健康なときに将来に起こうるべきリスク(病気)のことを考えて、喫煙、飲酒を控え、運動して体力をつけ、体重を減らしておくことなどにもこの言葉が当てはまる。 
 

* * *

しかし、この「居安思危」は大切なことだと分かっていても、何でもないときには考えることすら忘れ、また考えたとしても次のときからにしようと、実行するまでにはなかなか至らないものである。 

私の事を言うと、不精な性格からパソコンはいつも動かなくなってから慌てしまい、大切なデータを消滅することが再々あり、健康管理について言えば『今まで大病したことが無かった』という自信みたいなものが災いして、体力作りや減量などは努力せねばと思うだけで何一つ達成しておらず、また好きな酒も素面(しらふ)の段階では歳相応に量を控えねば思ってはいるが、飲みだすと『酒が飲めるというのは健康の証しだ』、『お酒が飲めるという(健康状態)は実にありがたい』、『(だから)楽しく酒が飲めると言う健康に乾杯!乾杯!』と勝手な屁理屈をつけて、飲み方、飲み量がエスカレートし「居安思危」という言葉はいつの間にか頭中からはるか彼方へ飛んでしまっている。
 

* * *

確かに、この「居安思危」は簡単なようで難しいものであるが、今回の未曾有の大災害で多くの犠牲者が出たのを考えると,改めてこの「居安思危」の大切さを再認識せざるを得ない。 とくに公務として国民の生命と財産を守る立場にある方々には今回の災害を教訓として、また多くの犠牲者のためにも、常に「居安思危」を念頭において行政をしていただくようお願いしたい。

そして自分の健康管理についても、この大震災を機に一大決心して、これから酒を飲むときは、酒友の清水君(9)、吉村君(3)らのご協力を得て「居安思危(こあんしき)、居安思危、・・・」と、唱えながら、心して飲まねばならぬと考えている。(難しいこととは思うのだが・・・)

(注:挿入写真はネットより借用)

(終わり)

            戻る