#51《どうでもよか話A》               
                                      
                                                             2010.11.03
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JR神戸駅の話(その 2)
 

ここで、鉄道の話に戻して述べたい。

 

* * 官営の東海道線と民営の山陽線 * *
 

東海道線は官営の工事として東京から神戸まで延長されてきたが、山陽線は民営(私鉄)の山陽鉄道株式会社として兵庫を起点として門司まで工事が進められた。

それでは、どうして最初から山陽鉄道(認可申請は神戸・下関間)の起点を神戸駅ではなく兵庫駅としたのかについては、当時兵庫・神戸間は住宅の過密地帯で立ちのきに時間を要するというのもあったが、それよりは前述したように、この間に川幅の広い天井川の湊川があり、難工事が予想されたからである。 このため人口疎らな所に先ず兵庫駅をつくり、そこを起点として兵庫・明石間から工事をスタートして開業した(明治21年11月開通)。その後工事区間を延長し1901年に下関まで開通した。

    * * *

なお、東海道線も東は新橋・横浜間の区間でスタートし、西は大阪・神戸間(32.7Km)の工事からスタートした。

大阪から地面にレールを施設する簡単な方法で進められ、途中の川については、武庫川までの川は鉄橋で工事が進められたが、芦屋川、住吉川、石屋川は堤防が高い天井川であったため、全て川の下にトンネルを掘ることで工事が進められた。
そして、明治7年に神戸・大阪間は日本で2番目の鉄道として開業した。
大阪・神戸間の途中の停車駅は西宮駅と三宮駅(注)の二か所のみで、所用時間は1時間10分であった。
(注:当時の三ノ宮駅は“三ノ宮”という駅名が示すように、元々三宮神社に近い今の元町駅にあった。1931年、そごう百貨店を中心とした商業地域が今の三ノ宮駅辺りに計画されていたことと、神戸・現三ノ宮間が高架駅になったのを機に、現在の三ノ宮駅の場所に新駅を造って、これを三ノ宮駅とし、元の位置の三ノ宮駅を元町駅と名前を変更した。という具合に駅のネーミングの方法が非常にややこしい。今の三ノ宮駅は生田川を埋め立てた付近にあるので生田駅と名付ければややこしく無くなると思うのだが・・。)

明治22年(1889年)7月1日新橋・神戸間が全線開通。
このときの所要時間は20時間10分かかったとのことである。
 

* * *
 

山陽鉄道も東海道線の開通に合わせて兵庫・神戸間の工事を行うことになり、湊川も川の下をトンネルで通すことになった。

湊川は石屋川、住吉川などより川幅が広く、土手がより高い天井川であったため難工事が予想されため、昼夜兼行の突貫工事で進められ、明治22年(1889年)9月に開通し、官営東海道線の神戸駅とようやく連結された。このとき、山陽鉄道の起点を兵庫駅から神戸駅に移した。

しかし、両駅が連結されても、官営と民営の別々の会社であり、客は一旦神戸駅で降りて乗り換えすることを余儀なくされていたとのことである。
山陽鉄道は民営であるために顧客重視を経営方針としており、日本初となる駅弁、寝台列車、食堂車、急行列車、赤帽、通学定期など数々の新機軸のサービスで、乗客の評判は非常に良かったと言われている。

1906年山陽鉄道は国有化され東京から門司まで官営として開業し、一つ切符で乗車することが可能となったが、山陽本線の起点は神戸駅としてそのまま残されている。
このとき、どうして大阪駅に移されなかったについては良く分からないが、神戸駅が神戸港という当時東洋一の貿易港を控えており貨物の取扱量が多かったことや、長い間民営の山陽鉄道の起点として親しまれていたのが影響しているのかもしれない。
ちなみに、東海道線の起点については1914年、新橋駅から東京駅に移され、その後の新橋駅は単なる通過駅になっている。

開通その後について、
湊川の付け替えで川は埋め立てられ、兵庫駅と神戸駅間にあったトンネルは不要となり、取り壊されたが、それがいつの時かはよく分からない。

神戸港が大阪の外港として貨物の取扱が増えるに伴い、神戸駅は海岸線などの貨物線ができるなどで発展を遂げたが、兵庫駅は神戸駅と開通してからは単なる通過駅となり、寂れていった。

その神戸駅も、鉄道からトラック輸送というモータリーゼーションの波が押し掛け、神戸港から鉄道で輸送する貨物も減り、貨物線も廃線となり衰退した。 またOfficeや人の流れの中心も東の元町・三ノ宮に移つり、神戸駅も単なる通過駅になってしまった。

昔、神戸駅を始発・終着とする電車として、“急行銀河”があったような気がするが、新幹線開通とともに、いつのまにか無くなったようで、この駅を発着する電車は全て消えてしまった。
以上が鉄道について気になっていたことで、分かったことである。
 

(その2:終)

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