心臓手術の前日に記す(7組 久保義昭)
                           

49陽会の末席につながるに過ぎない小生に、晴れがましい『同期の輪』のバトンを渡してくれた中学・高校と一緒だった宇野さんと、その話をつなげてくれた東京49陽会永久幹事の北村さんに先ずお礼を言います。

兵庫区に生まれ、父は南方で戦死、若かった母は再婚し、小生と小生の面倒を見てくれた伯母との生活費を稼ぐために定年まで長田区役所に勤めました。小生は、池田小、西台中、2年より夢野中、兵高、大阪外大イスパニア語を経て、神栄生糸、ソニー、アイワ、ジョンソン、フィリップス、香港の中国系会社に勤めて、香港の中国返還の前後を見届けたあと54歳で引退いたしました。
 

海外生活15年、訪れた国は87カ国。訪中120回、北朝鮮には8ヶ月滞在。
パナマでは、その後独裁者となるノリエガ将軍と親しくなり、中国では、江沢民氏と2度食事。不思議に将来えらくなる人と知り合う機会が多かった。英語、スペイン語と北京語がしゃべれたので、海外では好都合であった。ただし、語学の才能は無いと思う。

ソニーには19年居て、外国部勤務が中心だったので、トップと会う機会が多く、また鞄持ちで随行し、海外の偉い人にも会えたが、特に感銘を受けた人はあまり無かった。むしろ下のほうで、興味深い人が多くいた。

ソニーのトップでは、亡くなるまで小生の師匠であった、トリニトロンを開発し、トランジスターラジオのソニーから世界のソニーにされた吉田進博士を除いては、やはり井深さんが偉かった。
中国の電子工業部の大臣に会われたとき、開口一番『中国はけしからん。日本に断りもなく、勝手に漢字の字体を変えている。』といわれ、大臣も『私の担当ではありませんが、ご迷惑をかけて申しわけありません。』と電子工業界の大先輩の顔を立てていた。また、大臣に進呈するように、井深さんの幼児教育の著書の中国語版を用意しておいたが、勝手に中国語の海賊版を作って中国は、けしからんと云うようなケチなことは、おっしゃらないのは流石であった。

外国人との付き合いが多かったので、接待は横浜本牧の自宅で行った。海外では、自宅に招かれることがよくあり、日本でも家に招くことにした。20カ国以上の人をよんだとおもう。ホームステイも3回ひきうけた。外国語の出来ない妻が、よくやってくれたと感謝している。
ソニーの岩間社長の家に呼ばれた時、訪問者の感想ノートがあったので、まねをして招いた人に、一言書いてもらっている。もう6冊になっている。
英語・中国語・タイ語・日本語・ペルシャ語・オランダ語・アラビア語・ヒンズー語などあり、悪口を書かれていても分からないのがある。
 

神栄生糸時代に卓球が縁で知り合った横浜本牧出身の久保家の長女春江と結婚し、後に久保家を継ぐ。子供は4人(長女・次女・長男・三女)で、次女が来年5月に出産予定で、これが初孫です。
次女は一番親を驚かす子であったが、昨年、前首相小泉純一郎氏の義理の従兄弟と結婚し、またまた親を驚かせた。
 

引退した8年前に、1000回以上乗った飛行機には、もうそろそろ落ちると見極め、一切乗らぬこととしたので、海外には行っておらず、横浜に家族を残し、一人、千葉の山奥のスズメも住まぬ森の中に、9300坪の土地を手に入れ、築200年の茅葺の古民家に、犬2匹、2mの青大将と共に、イノシシ、タヌキ、アナグマ、ハクビシン、リス、フクロウ、カケス、ウグイス、ヒヨドリ、コガラ、エナガ、コジュケイ、シジュウガラ、ヤマガラ、セキレイ、カワセミ(その他くどくどしいので、日本野鳥の会にまかす)ウグイ、メダカ、キンギョ、イモリ、ヤモリ、トカゲ、ヤスデ、ムカデ、20cmの大ガマ、ツチガエル、アオガエル、等々を友とし、心静かにお迎えを待っておる次第です。

                    千葉県鴨川市 亀田病院にて
                       久保義昭

【久保氏から北村氏へ】
バトンを藤田社長に渡したいので、『久保の遺言』といって引き受けさせてください。宜しくお願いいたします。

【北村氏からホームページ管理者へ】
久保義昭君の原稿転送させて頂きます。素晴らしくも笑って了う作品です。
久保さんは東京49陽会の良き仲間です(1年2組で一緒でした)。
出娑婆る訳ではありませんが、久保さんからも依頼を受けましたので、次のバトン藤田高明氏(ハッタテクノ<消防器具>社長)へは、コンタクトさせて頂きます。

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