「来し方、近況報告」      4組 北村 哲郎

大学時代は、跳躍させて頂きまして、社会に出ましてからは、神戸に育ったことも一因でしょうか、「海」、海洋の仕事を続けながら過ごして参りました。海の産業となりますと伝統的に、明治の我が国近代産業を構築した岩崎弥太郎氏創設の日本郵船会社に代表される海運業であるとか、我が国民が魚を食する代表的国民であることを担ってきた漁業というのが理解されますが、近代技術は海洋からの地下(海底)資源)を開発することが可能となりました。

石油や天然ガスの化石燃料、或いはマンガン団塊や産業に欠くことの出来ない希少金属(最近はレア・アース)の開発です。 これ等の開発はCAPEX,OPEX共に膨大な資金が必要で1産業、企業で進めて行くのは大変です。従って各国共NOCs(国営石油会社)等が進めて行く例が多くみられます。米国の場合は特記してスタンダード・オイル(ロック・フェラー財団の祖)という超トラスト会社が法律に拠ってエクソン・モービル等の会社に分散され私企業が行ってきました。

日本で資源を所管するのは現経済産業省(旧通産省)資源エネルギー庁で、例えば原発や将来のエネルギー計画は同省を中心に所掌・議論致しております。石油・天然ガスは石油公団、その傘下のJOGMECという機関(機構)が海洋石油、天然ガス、金属、メタン・ハイドレート、シェール・ガス等の資源開発の政策・技術開発の指導・啓蒙を行っています。産業界でも神戸大学出身の出光左三氏設立の民族資本といわれる出光興産や最近政府主導のインドネシア石油と帝国石油が合併し設立された「国際石油帝石」が和製メジャーとして大いに期待されています。

 

前説明が長くなりましたが、小生は通産省傘下の類似の組織に30年籍を置いて参りました(大学卒業後10年間は外航海運会社を経て)

担当は調査・広報で海洋石油開発のメッカである米国ヒューストンのオフショア・テクノロジー・コンファレンスの産業展示会と技術論文会議でJETROの援助を得て、日本館出展の日本代表として1978年から2013年頃迄毎年参加、担当として都度出張致しました。 唯、1990年頃から我が国の鉄鋼・造船産業が世界の20%を建造してきた海洋石油開発の掘削リグや生産プラットホームは韓国、シンガポール、現在では中国にも技術移転が進行していきました。 

 門前の小僧とも申しますか、技術開発につきましても徐々に蓄積して参りまして、現在は技術動向調査コンサルタント(自称)として、大手企業から若干の技術情報調査委託も頂くこともある海外国際コンファレンス出張を続けております。
本年(2012)は年間11の海外コンファレンス参加を継続中です。

現在、当原稿執筆中は米国ヴァージニア州のハンプトン・ローズのビーチ近くに滞在しています。“OCEANS2012”というコンファレンス出席の為です。

ここは初めてですが、米国軍隊、海・空軍を中心とした米国東海岸の一大基地です。 NORFOLKという昭和天皇がご訪問されたウイリアムズ・バーグの開拓時代の歴史跡の玄関空港でもありますが、ヴァージニア・ビーチのコンヴェンション・センター迄約15マイル(25Km)で、TAXIでしかアクセス出来ず、一方的に約$40ドルの値段が設定されています。
空港に到着するのは殆どミリタリー関係者で「ガヴァーメントが払うから問題無い」と言っていました。街中は人口も少ないタウンという風情ですが、舗装道路が縦横に走り、失礼ながら日本でいう原発誘致補助、基地補助が米国でも同様なのだと感じさせられます。
マッカーサ記念館やネイヴィー記念博物館が在り、この機会に見学したいと思っています。綺麗な田舎町と青空に時折ジェット戦闘機のマッハ音が耳を劈きます。

ミシシッピ州のスライデルという矢張りガルフ・オブ・メキシコの沿岸街が在り、ヒューストンのコンファレンス後に静養で訪れることにしていますが、訪問の始まりはここにSTENNIS SPACE CENTERというNASAのロケット・ブースター高熱噴射実験場が在るからでした。米国フェデラル(連邦政府)の持つ力は強大で湾岸の田舎の森の中にこんな基地を造っているとは日本人も関係者以外殆ど知りません。 高温冷却の為に必要な膨大な水量は多分海から運河を引き、高温となる排水の処理はアリゲーター等の棲息するルイジアナ沼地帯が環境保護的検討から選ばれたのかと推測します。

ここハンプトン・ローズに来る日前は英国ロンドンに”GASTECH2012”というコンファレンスにいました。

滞在したのはGREENWICH(グリニッチ)、地球の子午線を引いた場所です。 英国では多くがROYAL・・・・で皇室が中心を成して文化・科学を推し進めてきた国の形が解ります。子午線を引いたのもROYAL OBSERVATORY(王立天文台)で世界を導いてきました。 グリニッチを含めコンファレンスの開催された会議場はEXCELという国際会議場でドット・ランド、即ち神戸のポート・アイランドと同様の開発地でDHLというポート・ライナーと同じ無人モノレールが走っていました。 会議場建設に投資したのはUAEのアブダビ王室のオイル・マネーで英国と中東の結び付きの強さが表われています。 英国は鉄道の国で我が国と似ている、というより我が国が学んだのですが、公共交通に乗るのは貧乏人と断定する米国と大きく異なるところです。

 

先に2012年11の海外出張と申し上げましたが、ヒューストン、韓国ヨス(麗水)、クアラ・ルンプール、サイゴン、スタヴァンガー(ノルウェ)、リオ・デ・ジャネイロ、ロンドン、ハンプトン・ローズそしてシンガポール、ヒューストン、ハワイ、年末に台湾と巡ります。

旅行記のようになってしまいましたが、趣味というなら運動は苦手でしたが4555歳迄、在住の千葉県船橋市の習志野の小学校体育館で夜間、剣道を遣りました。 10時頃迄大声を張り上げ帰宅は11時頃で世間の人々が寝静まっている頃自転車で走りながら、アホじゃないかと自嘲することもありましたが、お蔭で三段迄昇進出来ました。今は中断していますが仲間に会うと「今度はいつ来るの」と休んでなかった如くに言ってくれるのが嬉しいです。
 

兵庫高校時代は管楽器をやっていましたので(ブラス・バンド)、弦より管の演奏が好きで米国ではニュー・オルリンズに寄り、浅草ジャズ・フェスティバルの関係者に会ったりLPレコードを蒐集したりして自宅ではBGMの如く聴いています。

ブラジルに移民された関西学院出身のコルネット奏者、右近雅夫氏は幻のデキシーランド・ジャズ名奏者として神戸では古典的な人物で、北野JAZZ STREETにラジオオ関西の末広光夫氏の企画で過去回錦を飾られています。兵庫高校時代に大阪迄聴きに行った想い出があり、ブラジルに笠戸丸で神戸から移民されマジック・インキの工場・会社で大成功されました。
奥様はポルトガル人、ご兄弟も同様に成功者・経営者でいらっしゃいます。ブラジル訪問の際には、サンパウロのご自宅に数回招待頂き交流が在ります。

                                        (2012.10.13 於:米国ハンプトン・ローズ)

 

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