(6組 深見和久)

3年6組の深見和久です。 先日、三宮でクラス会があってそして今回急に連絡を頂き藤井(旧姓 鉄井)日佐子さんから“49陽会の輪”なるものの存在を教えられ引継ぎの指名を受けました。 思えば兵庫幼稚園、兵庫小学校、兵庫中学校、兵庫高校と兵庫ばかりで大きくなりましたがその間に知り合った友人は今でも私の宝物です。

と言いながら卒業後は年賀状のやり取りくらいでした。 1994年8月、西市民病院入院中の父に会い通っていましたが、そこで同じく入院中の岸伍郎君に出くわしました。 父は間もなく亡くなりましたが前後して岸君も亡くなったと後で知らされました。 二人ともその年を越していても病院が阪神淡路大震災で全壊したのでどうだったかなという思いが残りました。

定年退職直後の頃、フィットネスの帰りに阪急武庫之荘駅付近を歩いていて偶然すれ違った人が何か気になって振り返るとその人も私を振り返っていました。 40年以上会っていない上、私は頭髪も薄くサングラスをしていたにもかかわらずお互い「おおつ」と言って名前を呼び合いました。 それが小学校時代からの親友、河内猛義君です。

彼に誘われ20年くらいやっていなかったゴルフを再開し、そのお蔭でやはり小学校時代からの友人、東沢栄宥君や高校時代は交流のなかった土屋重治、野条孝春、奥山忠昭その他の方たちと偶のゴルフや飲み会にご一緒させて貰っています。

ゴルフは若い頃とは大違いで彼らのカモにされています。 スコアーはゴルフを始めた頃とほぼ同じ、唯一の自慢と言えば、仕事柄あちこち旅行する機会がありましたので1993年にオーストラリアのケアンズでホールインワンをしたことでしょうか。

奇遇と言えば、名前を出させて戴き申し訳ないですが、石川富弥君、彼の奥様と私の家内が大阪の高校での同窓生、4人が塚口の路上で出会いそのことが分かりビッグサプライズでした。

クラス会のことを書きましたが、卒業以来ほんの何回かしか会うこともなく、約50年の時を経て久し振りの再開でした。 卒業後はそれぞれ喜びや悲しみを味わいながら一生懸命過ごして来たわけですが、その間に重病を患ったり、既に他界されていたり、大切なご家族を失くされたりの報に接して時の流れを感じさせられました。

それでも級友の顔を見るともう気持ちはあの頃に戻り、担任でもなかったのに一番親身になって相談に乗って下さった松田毅先生、英語を好きにさせて下さった村上先生、数学を大嫌いにさせて下さったXX先生、柔道の山内先生などを懐かしく思い出しておりました。

現在は週2回程度のフィットネス通いと毎日曜日のテニス、自宅周辺でのウォーキングと愛犬との散歩で日々を送っています。 現役時代は長年人事に関わっていましたので時々依頼があって大学やビジネススクールで就職関連の話をすることがあります。

1昨年、痛風になり大好きなビールは今やプリン体カットの発泡酒や他の蒸留酒に変わりました。焼酎を飲み始めあれこれ試し、黒糖焼酎が好きになりました。 芋では鳴門金時焼酎が臭いがなく美味しいです。 では“49陽会の輪”がますます広がりますように願いつつ。

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