(9組 藤田勝義)

3年9組の藤田です。連休の前に庄野さんから、49陽会のリレー投稿を頼まれたのですが、文才もないし、パソコンも使いこなせていない小生が、出来る訳もなく、固辞しましたが、同じクラスで、同じ剣道部であった、アメリカのサクラメントに在住している大西明君の、代わりだからと、強く言われ、断りにくく、その場は、49陽会のホームページを見てから返事すると、逃げたのが運のつきでした。

初めてホームページを見て、こんなに多くの人が、長い期間参加しているのを知りました。現役時代は、仕事上のEメールを見るだけで、他は人に任せていましたから、ホーム頁の閲覧どころではなかったのです。最近、時間もあり、パソコンにチャレンジしていますが、なかなか上達していませんが、手紙ぐらい打てるようになりました。そんな訳で、今回、どんな文章になるか分かりませんが、初めて恥をかくことにしました。

小生は、S42年入社以来40年間近く、一つの会社、一つの業界しか知らないので、視野が狭く、又、変化に対する対応力、生活のリズムなどに、問題はなかったか、と考えることがあります。(余談ですが、3−9組から同じ会社に、3人入りました。土井さん、と下西さんですが、各々が異なったコースを歩みましたので、経験、考え方など、思いは違うと、思いますが。)小生のサラリーマン生活の大半は、鉄の販売一本でしたので、人との折衝が中心で(飲み会、ゴルフなどの遊びが多かった。)、自分には合っていたのでしょう。

現場を退いて、時間が出来た時、さて何をしょうか、色々考えましたが、実現可能なものが、直ぐ思い浮かばなかったので、ゴルフ場のメンバーの会に、入れてもらって、週1〜2回ゴルフすることぐらいでした。本当に、無趣味な人間だなと、思い知らされました。今後の老後の事を考えて、いろいろチャレンジしてみよう考え、まず釣り、家庭菜園などしてみようと思い、適当な場所を探そうと、以前勤務した岡山の友達に、候補地探しをお願いしました。直ぐ探してくれたのが櫃石島(ひついしじま)云う瀬戸内海の小島の空き家でした。

櫃石島は、香川県坂出市ですが、岡山の下津井(児島の先)の沖の島です。瀬戸大橋の最初の橋げたがあるところです。人口100名ほどで、島の周囲が3〜4キロの小さな島です。塩飽(しわく)諸島(しょとう)の一つで、元塩飽海賊の拠点の、ひとつだったそうです。

いまは、漁業だけですが。大橋に、島民専用のインターがあり、島民には大変便利になったそうです。釣りなどで、一般の人は路線バスで行けます。島民は、本四公団から補償金で、新しい家を造ったり、丸亀や坂出に転居しています。そんな訳で、空き家もあり、小生の条件にあった家が、直ぐ見つかりました。漁師さんの家で、比較的新しい建屋で、5LDKと広く、敷地も200坪以上あり、大人数の友達も泊まれ、家庭菜園も出来そうなので、直ぐ決めました。

神戸の家の事もあり、月に一週間程度しか、島に行けませんでしたが、釣りをしたり、プチトマトとキュウリの栽培に、チャレンジしました。釣りは、行けば毎日波止場で、釣りをしましたが、あまり釣れませんでした。しかし、近くで釣っている人が、仕掛けなど、色々教えてくれ、友達になったりしました。又、家の前の蛸漁師さんは、孫が来ると、時々、船で釣りに連れて行ってくれたりして、人とのつながりも広がりました。

余談ですが、下津井の蛸は有名ですが(明石だこに次いで)、漁師さんの話では、`700円前後で、水産会社が全量買い上げ、街のスーパーや店では、`2500円前後と、3〜4倍で売られています。漁師はどうしても量がいるため、底引きや大きな網で漁をして、乱獲が進んでいるのが、現実のようです。(地元の漁協は小型はリリースするよう指導はしてますが)

種まきしたキュウリやプチトマトが、実を付けた時は、うれしかったし、収穫して食べた時は感激でした。又、小さな島ですが、幼稚園、小学校、中学校がありました。子供たちは皆礼儀正しく、又、人懐こく、素晴しい環境で、のびのびと育っていました。釣り、家庭菜園以外に、自分で料理をしたり、洗濯をしたり、掃除をしたりして、貴重な経験をした、2年間でしたが、家族の事情(身内の病気)で撤退しました。しかし、今までと違う人たちと出会い、又、付き合えたのは、私の宝物です。

最近は、又、新しいことにチャレンジしたいと思い、4月から、シルバーカレッジに入学しました。いろいろな人と、付き合いを期待し、又、絵画クラブや、歴史探訪サークル、パソコンクラブに入り、未体験の分野を、経験したいと思っています。無趣味な人間が、今後の生活のリズムを求めて、いろいろチャレンジをしている昨今です。
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