(おし)(びと)に、よせて(part1)          ( 4組 藤原紀子)                           
ヨイショ!ヨイショ! 2009年の夏、大津市松が丘住宅の坂道で、2人の孫が、祖母(私)に、彼等の街(アジト)を、案内してくれている。
兄は、まっすぐ前を向き、慎重な面持ちで自転車を押している。
弟は、まるで騎手のように、お尻を上げて必死で、漕いでいる。
ついこの間まで、(パンパースルック)だったのに・・・・。
青い空の下、やさしい風が吹き、道の辺の白い山百合達が、お互いに囁(ささや)くように揺れていた。
 
30年前の夏、(ところ)地下鉄名谷にある竜が台公園、2人の教官(夫と息子)が、自転車に乗れない私を、真摯に特訓していた。
夫が地面に描いた線路は、 (直線から)→ (円に)→ (S字コーナーへ)と、進化していった。
後方では、夫が守ってくれ、前方では、息子が手をふり先導してくれた。
私は、頼もしい教官に恵まれ、ドンクサイながらも35才にして、やっと、自転車操縦技術をマスターした。その後も、この教官達は、理屈っぽい私に、理屈よりも、大切なものがあることを、教えてくれた。


22才で、初めてボーリングに挑戦した。運動鈍な私に、(手)と(足)の動きに、イチ,ニィ,サン,と、リズムを付けて、教えてくれた人・・・・、その(理路整然)としたコーチ(夫)に、深く共感し、魅せられた。

結婚後は、よく神鍋や戸隠にまで、スキーに出かけた。
教え人は、学び人(6才の息子とアラフォの妻)に、先ず(転び方)を伝授;危ない時は、転ぶべし!決して、無理して、突進し、怪我することなかれ・・・・と。
ほどなく、息子は母を追い越し、父と共に、頂上から、白い銀幕を舞うが如く、美しく滑り降りていた。母の私は、万年ボーゲン、山まわり、山まわり・・・・。
ちなみに、息子は青春時代、北海道で厳寒生活を送るのだが、スキーの醍醐味を、本場で味わうことが出来たとか。

夫は、スポーツの楽しみ方だけでなく、人生の生き方も教えてくれた。意外や?固執して考え込んで悩む私に、(発想の展開)が、心を(らく)してくれる事を・・・。

 
@[垂直思考]; 1ツの事を、深く掘り下げて考えてると、見上げる空は、小さな一点に、とどまるばかり・・・。

 
A[垂平思考]; 心を切り替え、多様に、考えていくと、空も又、広がっていく・・・。
  夫が描いてくれた@とAの(空)と(大地)の絵に、私は助けられた。
暗い闇から、明るい道へと脱出できた。でも、その優しい教え人が、大変な時、私は、何もお返しが、出来なかった。(本当に、ごめんね・・・)
 
父は、ポジティブに、生きた人で、老若男女を問わない自由人で、娘達に、日舞,琴,習字等、稽古事も応援してくれた。麻雀を教えてくれたのも父だった。私は(ぽん)』に、はまった。
母は、日記を書き、俳句もしたためる人で、私が落ち込み(へこ)んで時、よく手紙をくれた。
その慈愛に満ちた文は、私の心を癒し鼓舞してくれた。今でも覚えているのは、「朝の来ない夜は無いよ。のんちゃんなら、大丈夫よ・・・」。父母の教えは、私のDNAとなり、今も生きている。
 
韓流(ハンリュウ))で((レキ)(ババ))の私が、寝食を忘れる程、熱中しているドラマが2つある。
 
1ツは、BS日テレの大王(テワン)世宗(セソン)
  15世紀李朝、民のために、ハングル(大いなる文字)を創った王の物語で、毎回、感動して、涙が込み上げる・・・。
もう1ツは、NHKの[坂の上の雲];
  以前、読破した時以上に、ドラマの正岡子規や秋山兄弟等、明治の若者に、心を惹かれてしまっている。彼等は、なんと、純粋で魅力的なのか!
 
「人生には、無駄のないものは無い。限りある命、生かされた命を、大切に生きよ・・・」と、ドラマも又、私に、こう教えてくれる気がする。
 
P.S.
2009年も、(〜によせて)シリーズが、投稿でき嬉しく思います。
毎年一回、封印できない追憶を、謝意を表して書いています。(拙い文を、読んでくださり、ありがとうございます。)
清水君には、パソコン入力等、大変お世話になりました。
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