7組 徳岡 照代(旧姓 山田)

脇田様(昨秋関学の同期会でご一緒しました)から突然お電話を頂き、引き継ぐことになりました7組の徳岡です。

私は昨年11月半ばから2週間、今年は6月半ばから7月初めまでの2週間アメリカメリーランド州ベセスダの息子宅に滞在しました。
べセスダはワシントンDCの北西に隣接し、DCの中心部から地下鉄(皆様も記憶に新しいワシントン地下鉄事故のあったレッドライン)で30分余り、DCに通勤するサラリーマンのベッドタウンです。
昨年秋は、きれいだと聞いていた紅葉も終っていましたが、先日は木々の緑、芝生の緑がきれいなのには目をみはりました。芝生と花壇の手入れは良くなされており、自然にめぐまれた町です。
ほとんどのマンションが敷地内にテニスコート、プール、地下にはスポーツジムといつでも自由に使え、住環境には恵まれていました。

マンションで働いている人達をみていると、人種のるつぼアメリカを感じます。なかでもアフリカ系アメリカ人、ヒスパニックの人が多いでした。
ちなみにDCはアフリカ系アメリカ人が全米で一番多く、50%以上だそうです。DC居住者の1/3近くが、読み書き能力不十分だそうですが、文盲率の高さとは対照的に、4年生大学の学位を持っている人は、全米で数番目に多いとのことです。

ベセスダには世界最大の研究所と言われる、国立衛生研究所(NIH)があり、日本全国から400名あまりの医者、研究者が在籍しているとのことでした。

DCには仕事や観光で行かれた方も多いと思います。ナショナルモールの周辺に観光の見所は集まっています。
多くの緑と、よく手入れされた花壇、夫々の建物との調和が美しく計画された町です。
リンカーン記念館、国会議事堂、その中央に建つのがワシントン記念塔(モニュメント)です。どこからでも見渡せるこのモニュメントが、私にはアメリカの威厳をあらわしているように思えましたので、これについて少し書いてみます。

モニュメントはモールの中心にそびえ立つ、高さ169mのオベリスクです。初代大統領ジョージ・ワシントンの功績をたたえて建造された、石造りでは世界一高い建物です。DCには高さ制限の法律があり、これより高い建物はありません。
1833年、議会から建造許可を受けながらも、実際に着工されたのは1848年、南北戦争、資金不足もあって一時中断し、完成したのは1884年です。
そのため下から1/3ぐらいのところで石の色が少し違っているのが、肉眼でもわかります。材質は大理石、花崗岩、砂岩で、寄付を募った時、琉球の石も贈られたと言われています。
内部には約900ある階段で頂上までいけるようですが、今はエレベーターが多くの人を70秒余りで頂上まで運びます。
いつもここは一番の人気で、エレベーターに乗るための整理券を手にいれるのに、1時間以上まち、又乗るのにも1時間近く待つということで、私はいつもあきらめてしまいます。
でも1度昇って、すばらし見晴らし、市街を一望したいと思っています。

2回の滞在で、旅行者ではなく、生活者の目で少しアメリカを見ることが出来たことはよかったかなと、思っています。

次は高校時代2、3年と同じクラスで、時々お会いする田中玲子様に引き継いでいただきます。
                              徳岡 昭代

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