1組  黒田 武伸

三年四組の山口君からバトンを受けました三年一組の黒田です。モタモタし、原稿が遅れましたことを深くお詫びします。

「四十九陽会四十周年」の代表幹事を仰せ付かっておりました時、記念式典の挨拶で、『全員、後少しで還暦です。昔を懐かしむ年頃になってきました。これからは、色々な同窓会が増えるでしょう。元気に出席できるのが何よりです。健康には充分気を付けましょう!』と生意気なことを申しましたが、私自身、同窓会、クラス会等の案内を頂く回数が随分増えました。

四十九陽会の周年同窓会、夏冬の親睦会、ゴルフコンペは、当然続いておりますが、四十五周年の後、三年一組のクラス会が、毎年三月に行われることになりました。担任の故村上雄蔵先生の奥様から『主人は六十歳で他界しました。皆さんは、恩師を越えました。主人の分まで長生きをして下さい。』とのご挨拶を頂いたのが印象的でした。

山口君の文章にもありました「五人家族会・・・ユーカリの会」も来年で発足十周年です。そもそもは、兵高二年〜三年の春休みに、徳田先生(当時はバリバリの若手)のご指導で、いがぐり頭に制帽、リュックサックスタイルで山陰地方への五人組貧乏旅行が発端でした。その後、進む道は違っても、旅行、食事会等で親交を深め、五十年のお付き合いです。九年前、奥様方より、「男ばかりで楽しまないで、私たちも入れなさい」との声が出まして家族会としてスタート。来年は十周年記念として、「京都で盛大?」に計画行う予定です。

四十九陽会にも「生田中学」出身の方もたくさんいらっしゃいますが、我々「生田中学十二回生同窓会」は、卒業二十周年を記念し、四十九陽会に二年先じて始まり、今年四月に、「六甲荘」にて五十周年同窓会が行われました。一〇〇名の同窓生と十名の恩師が集まり、あっと言う間の二時間でしたが、同窓生と先生の区別が益々つきにくくなっております。母校は合併で神戸生田中学(JR元町駅山側)になり、校舎も山の手小学校となっております。 また、消息不明等の方が四十九陽会より圧倒的に多いのも淋しいかぎりです。五年後には当然六十周年が予定されておりますが、生田中学全体の同窓会が計画されているとのニュースも聞きましたが、実行されるのでしょうか?

大学、「関西学院大学法学部」の親しい仲間七名と入学四十周年を期しての集まり「KG会」も、毎年一回、今年七回目を迎えました。ゼミ、クラブ、出身校に関係なく入学当時、様子が解らず、オドオドして連中が自然と仲良くなったのですが、さすがに大学となると、テリトリーは広く、福岡、龍野、福崎、神戸、堺、富山、埼玉とバラバラですが、全員第一優先にし毎年五月に行っております。日曜日一泊、翌日ゴルフを基本パターンとしておりますが、今年度は、小生が幹事の特権で、宝塚一泊、翌日、母校訪問を企画しました。しかし、例のインフルエンザで休校と言う予期せぬ事態に遭遇しましたが、伝統ある独特の校舎、美しい芝生、新設のアメリカンフットボール、野球専用グランド等を見学、当日、唯一営業しておりました学生食堂で三百二十円のランチで昼食をし、再会を約しました。

こう見てくると、残るは小学校。母校「入江小学校」は合併で跡形もなく、よく顔を合わす同窓生(一人は四十九陽会)から、一時、そんな話題も耳にしたのですが、今は立消えてしまっております。もし実現したら、はたして何人の顔が解ることやら・・・・・
でも、すべて元気でなくては・・・・・

七十歳までは何とか現役を続けたいと思っております。四十九陽会の皆様には、今後も何かとお世話になります。よろしく!

注)縦書き原稿を、勝手に横書きで掲載していますことお許しください、(清水)

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