組  何 徳輝

当ホームページを管理・運営しておられる呑んべぇ先生こと清水友幸さん(9組)からバトンを受けました2組の何コ輝です。
元来作文の苦手な私で、その上「同期の輪」で皆様の書かれておられるすばらしい文章を拝誦し、とてもじゃないが恥ずかしくて私には書けないと常々思っており、又同期が数百人いるので私にはバトンは回ってこないだろうと決め込んでおりましたが、回ってきたバトンの重たいことを痛感しております。
回ってきた以上役目を果たさねばと思い恥を忍んで拙筆をしたためます。

兵高受験
私が小学5年生の時に兄が兵庫高校に入学し、家で兄から聞く話はもっぱら兵庫高校の事ばかりで、自由な校風やクラブ活動の話などを耳が痛くなるほど聞かされる毎日でした。この様な状況の中で自然に洗脳されていたのか分かりませんが、中学に上がっても別に特に何処を受験と言う目標は持っていませんでした。
中学3年の最終学年に上がって初めて担任の先生から何処の高校を受験するつもりかと問われ、何の躊躇も無く“兵庫高校です”と返答したのを覚えております。その後、実際に受験校を振り分けする段階まで先生からは一切聞かれることは有りませんでしたし、君には兵庫高校は無理だとも言われることも有りませんでした。

私の出身校は神戸中華同文学校で、学校としては特殊学校に属していましたので、実際には中華同文学校を卒業しても義務教育を終了した事にならず、高校受験の資格は無いのですが、これに関しは兵庫県及び神戸市の教育委員会と学校側の取り決めで、特例として中華同文学校からは神戸市の高校に学区制に関係なく受験できることになっておりました。ただし、各校に受験できる人数に制限がつけられており、各校あたり最大で4人までと決められておりました。成績順で神戸・兵庫・長田…と振り分けていきます、この難関をクリヤして初めて受験校が決まります。幸い私は何とかこの難関をクリヤし兵庫高校を受験することが出来ました。
この様にして兵庫高校を受験し、合格し、入学しました。
三年間を過ごし、何とか無事卒業させて貰いましたが、今思えば本当に伝統のある良い学校を卒業できたと誇りに思っております。

つたない文書でお恥ずかしい次第ですが、これで次のバトンを出来れば2組の石川富彌
さんにお願いします。

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