「FM番組で青春再び〜毎回が同窓会〜」     1組  中嶋 邦弘        

それは2年前に始まった。
08年3月に卒業後初めてのクラス(3年1組)だけの同窓会を開いた。
46年ぶりの再会となる仲間も含めて、今は亡き恩師村上先生の奥様をお迎えして、話が弾んだ。
その時を機に、私は、共に世話役を引き受けていた和田幹司君(1組)が地域FM局「FMわいわい」で持っている番組コーナーに、震災復興や観光などの地域おこしの話題の時にゲストとして数回招かれた。生放送という久々の緊張感という刺激、ボランティアで放送に携わっている皆さん方の生き生きと楽しげに繰り広げられる会話に参加などなど、世代を超えた楽しい交流の機会を与えてくれた。

ちなみに、このコミュニティFM局「FMわいわい」は、阪神淡路大震災が発生した際に、甚大な被害を受けた地域に暮す人々、特に日本語の不自由な外国人の方々に渇望されていた震災復旧復興の生活上の情報を提供する多国言語放送局の役割を果たしてこられました。
当時、県の震災復興対策本部で広報や国際交流、産業復興を担当していた私も、この分野の対応が大手マスコミでは対応しきれていないことに少なからず焦りを感じていた頃に、自発的に地域の外国人県民を含めた多文化共生を掲げたこの放送局の存在は心強い限りでした。

そのFM局でささやかなりともお手伝いできることにエネルギーを感じていたところ、今年09年3月の2度目の1組クラス会の準備に走り回っていた時、FM局から独立番組枠のオファーが和田君を通じてあった。
早速、彼を中心に別々に集まっていたゲスト出演者やFM放送応援技術者、地域コミュニティ活動にコラボレート(協働)していた仲間が召集された。
新番組枠の話は、和田君のFM局での実績や、私や佃君(10組)や安本さん(3組)のゲストたちや門田君(10組)など放送ボランティアとして顔を見せる兵庫高OB・OGたちの結束とキャラクターに、FM局も注目されてのこととか。

こうして和田君を核に集まった、わたくし中嶋(1組)のほか、安本さん、佃君、門田君、三木さん(70陽会)、小山君(2組)、一ノ瀬君(8組)が番組放送委員会を結成。
原則月1回の30分番組であるが、FM局の地元である兵庫高OB・OGをベースとして地域とのつながりを広げて、にぎわい・活性化を目指したいとして、兵庫高のシンボルで当時の校生たちの心の拠り所であったユーカリにちなんで「ゆうかり放送委員会」、番組名を「ゆうかりに乾杯」と冠にいただいた。

番組構成や放送企画を検討する上で、5年毎の49陽会、納涼・新年のほかには個別グループでしか顔を合わす機会が無かったもっと多くの仲間たちが集まってきてくれて、番組を中心に意見を言い合い、遠慮なく感想を述べる応援団が周りをサポートしてくれるようになった。
特にこの放送番組のオープニングは、彼ら総出のシュプレヒコール(?)で毎回スタートしています。
番組の事前打ち合わせ、生放送の観覧や外野出演など参加・応援、番組終了後の反省会という名の懇親会(飲み会とカラオケ)。番組以外の世間話、時事問題、顔をしばらく見せない旧友たちの近況情報などが飛び交っている。

兵庫高時代の記憶が余り無かった仲間も、旧友としての新たな旧交を温めている。勉強、勉強と言われながらも、呑気に如何にして遊ぶかを心掛けていたあの頃から、少しは成長(いや、老成かな)したと言いたい歳頃になって、逆にそれぞれが社会の一員となって日本の、地域の、業界の、家庭の発展・安寧に突っ走ってきたその経験・ノウハウ・人生訓を背景に、みんなが持てる特色を発揮しているこの新しい旧交はまた違った味がする。
私を含め、このFM番組に関わることとなったみんなにとっては、今や、兵庫高時代・青春時代の再来であり、毎回が同窓会なのである。

次は、3年7組の中本 正昭君にお願いします。

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