「私の人生と囲碁」            2組  河合 義彦         

高瀬利一君からバトンを受けました3年2組の河合義彦です。
皆様お久しぶりです。高校時代は、学業も目立たず、地味な山岳部でウロウロ過ごし表舞台に立つことなど一切なく、皆様の印象にはほとんど残っていないことでしょう。
自転車に発動機をつけ通学していた姿をご記憶の方もおられることと思います。ああ、あいつか、がその私です。

その後の人生を超特急で表現すると、関学(商)進学―→大同酸素(現エアーウォーター)入社―→4年後結婚・退職・住友化学入社35年勤続(大阪本社(9年)―→東京・ブラジル(アマゾンアルミ出向・2年)−→愛媛新居浜(アルミ部門・1年)―→京都(アルミ子会社出向・2年)―→インドネシア(スマトラ・アサハンアルミ出向・単身3年)―→大阪(医薬部門・18年))―→退職・現在に至る、となります。住友化学ではいろいろな部署を渡り歩きましたが、仕事の中身は経理・資金・企画・査業・総務・物流・監査などでした。
30代後半からの10年間は転勤に次ぐ転勤で、そのつど家族を帯同したため、息子は小学校を5校、娘は4校に次々とはしご通学させる羽目となり、子供たちや家内にエライ苦労をかけました。また、引越し回数も、大学を出て40歳になるまでの18年間に7回に及びました。

ふりかえれば紆余曲折のあった人生の、そのなかで、私が偶然出会い、とりこになり、さまざまの方々との交遊が拡がって、人生に活力を与えてくれた「囲碁」というすばらしい趣味について書いてみることにします。
        
                「私の人生と囲碁」
現在、私は京都府城陽市公認のサークルで6段で打っています。週2回程度楽しく練習に励んでいます。城陽市は、人口8万人の地方都市で、囲碁が打てる人はせいぜいその1%程度でしょうが(それでも800人)、毎年春と秋には市の文化協会主催の囲碁大会が盛大に行われます。多少自慢になってしまいますが、私は過去15年間にAクラス(有段者)で優勝5回、準優勝3回、3位4回という華々しい成績をあげており、ちょっとした顔になっています。

私の碁歴は45年に及び、その間に囲碁を通じて知り合った方々は、京都、大阪、兵庫、、東京、愛媛、愛知、富山などにおられ、また仕事を通じて親しくなったブラジル・リオデジャネイロやインドネシア・北スマトラ州などの現地人にも数人の教え子がいます。

大学3年の初め、友人が打っているのを見て興味を持ち、その後、急速にのめりこんで碁のとりこになってしまいました。そのお陰か、大学時代から麻雀やパチンコにはまったく興味が湧かず、囲碁一筋でやってきました。
しかしその熱の入れようは尋常ではなく、会社では業務終了後は囲碁部で練習、昼休みはパッと昼食を済ませ早碁、家に帰れば碁会所のメンバーで、土日はほとんど終日出勤(?)、リーグ戦に参加し対局に没頭する有様で、休日に家庭でゆっくりするということがなく、ついに堪忍袋の緒が切れた女房に車のキーを取り上げられたこともありました。
新聞、雑誌、テレビ等々、囲碁と名のつく箇所は熟読・スクラップ、ビデオ撮りなどを徹底してやってました。
言い忘れていましたが、もちろん、会社の仕事や自己啓発には熱心に取り組んでいましたよ。その上でのことです。

私の天敵で20年来の碁敵であるS氏が最近しみじみ語っていました。囲碁に割いた膨大な時間をさらに語学や学問に投じていたら、自分はもっと色々なことができていたのに、と言うのです。このS氏は京大名誉教授から1年前に福井県立大学学長になられた方で、外国での論文も多く、優秀な学者と尊敬していたのに、このぼやきにはびっくりしてしまいました。私にも思い当たることはいっぱいあり、その時は正にその通りと思い、反省しきりでありました。たとえば、私の1年後輩で入社以来本当に親しくしていたH氏はこの4月から、住友化学の社長になりました。彼は大学を主席で卒業し、入社後も際立った努力家で、いつも自ら率先して難事にアタックしていました。
そんな努力の人がついに勝ち得た栄光の姿を見ると、S学長氏の言葉がぐんと胸にこたえます。

しかし、いい加減な趣味で終わっていたら、ここまで強くはなっていなかったでしょうし、強くなったお陰でいろいろな地域で、たくさんのさまざまな碁仲間ができ、人生に張りが出たことは確かです。負け惜しみではありません。今やボケ防止にも役立っているはずです。囲碁というかけがえのない趣味は、まさに私と一体となり、現在進行形でとどまることを知りません。人生いろいろですね。生涯の趣味に出会えた幸せを噛みしめているこのごろです。
私は1に仕事、2に囲碁、3に家庭を堅持(?)してきましたが、退職後は、1に家庭、2に健康、3に交遊(囲碁を含む)に変わりました。
私を支え、励まし、39年連れ添ってくれた女房を今は1番大事にしなくてはいけないと思っています。自慢から始まり、おのろけで終わります。

囲碁をやりたいなと思っておられる方、私に挑戦したいと思っておられる方、ご連絡ください。
今は、前執筆者の高瀬君のお宅(高槻市)に月1回お邪魔し、囲碁を一緒にやっています。現在初段から2段の腕前ですが勉強熱心なので上達が早く、タイで打てる日がくるのが楽しみです。

それでは次は、兵庫県庁を退庁後、なお様々な分野でご活躍中の、1組の中嶋邦弘君にバトンを渡します。執筆をご快諾いただいています。
                                                                                            2009年4月13日                                                                                                 城陽市  河合義彦

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