組 坂牛 八州(やしま)

小学校3年生の頃、55才の(老人)おじさんをみて、僕は2000年まで生きれるだろうかと真剣に思っていた。
僕は5才の時、2度呼吸停止になった虚弱な子どもであった。それがもう(2008年)8年も余分に生きてしまったことになる。

最近、「老い」について考えることが、しばしばある。
整理の下手な僕は、とりあえずとっておくので、物であふれている。整理術の本ばかりが、棚にあふれて整理が進まない。挙句に「『捨てる』技術」という名の本まで並んでいる。たぶん、いらないものだらけだろう。
家族のものからみれば、絶対いらないものたちである。だから、僕がいなくなると、気持ちよく、勢いよく、捨てるだろうなあと確信している。それが少々しゃくなので、それを見越して、今、整理というより物を捨てる努力をしている。
ただ、僕も「もったいない」世代なので、御同輩が沢山いらっしゃることと、同情して下さる方がいらっしゃることを期待している。 
このままいったら、僕自身が整理され、捨てられそうだ。

だれが、書いたか、読み人知らずの僕への忠言があるので、時間のある方はお読み下され、損はさせません。
「ぼけたらあかん、長生きしなはれ、年をとったら出しゃばらず、にくまれ口に、泣き言に、人のかげ口、愚痴いわず、他人のことはほめなはれ、聞かれりゃ教えてあげなはれ、知っていることでも知らぬふり、いつでも阿保で居りなはれ、勝ったらあかん負けなはれ、いずれお世話になる身なら、若い者には花持たせ、一歩下って居ることが、家内仲良くいくこつや、いつも感謝を忘れずに、どんな時でもへぇおおきに、お金の欲は捨てなはれ、なんぼ銭金あったとて、死んだら持って行けまへん、あの人ええ人やったなぁ、そないに人からいわれるよう、生きているうちにバラまいて、ぎょうさん徳を積みなはれ、(というのんは表向き、ほんまは銭をはなさずに、死ぬまでしっかり持ってなはれ、人にケチやといわれても、お金があるから大事にし、みんなベンチャラいうて来る、内緒やけんどこれほんま)昔の事はみな忘れ、自慢話はしなはんな、わしらの時代はもう過ぎた、なんぼ頑張り力んでも体がいうことききまへん、あんたはえらい、わしゃあかん、そんな気持ちでおりなはれ、わが子に孫に世間様、どなたからでも慕われる、ええ年寄りになりなはれ、ボケたらあかん、その為に、何か一つは趣味持って、老人大学で勉強し、いのちの洗濯生きがいに、ボランティアもチョットやり、49陽会も欠かさずに、せいぜい長生きしましょうや」

次は、高砂市在住つながりで松尾嘉彦君にお願いします。

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