1組 畑山正克

 この「同期の輪」は毎回楽しく読まして戴いているが、兵高卒業後も付き合いのある人は殆ど登場されたので、私には多分廻ってこないだろうとタカを食っていたら突然ご指名が掛った。今まで登場された方の内容には到底及ぶべくもないが、思いつくままに筆を滑らせて(正確にはキーを叩かせて)戴くことにする。

 昭和41年に大学を卒業して会社(便宜上以下K社と称す)に入り、勤務地は大阪と東京を行ったり来たりで、途中2年間のインドネシア赴任(1999〜2001年)が唯一の海外勤務となり、2年前(平成18年)に40年間のK社勤務を終えた。

 K社での49陽会同期生との係り合いは、同じK社社員としてもう一人在籍していたこと、取引先に社長さんが一人いたこと等あるが、最も想い出があるのが徳宮俊信さんである。

 彼(私にとっては徳宮先生でもある)についてはご承知の方も多いと思うが、K社が神戸で経営していたK記念病院の内科の医師で、同病院の人間ドッグの充実にも尽力された方である。私は彼の勧めもあり45歳以降毎年人間ドッグを受診し、検診コース最後の医師診断では徳宮さんが毎回診てくれていた。彼の診断結果は毎回大体決まっており、レントゲン写真を見ながら「特に心配はない、経過を見ましょう」と言うのが常であった。そしてその後は「ところで畑山君、K社の今の状況はどうかね?」と言う話に移るのがお決まりのコースとなり、診断時間が他の受診者より幾分長引いていた様であった。

 もう10年前になるが、徳宮さんの訃報を耳にした時の驚きとショックは今でも忘れられない。その2ヶ月程前にドッグを受けていつもの様にK社の状況説明のレクチャーに及んでいたからである。彼の死については、同じラグビー部であった堀川さんもこの「同期の輪」で「最大の悔しいこと」と記されている。

 彼の死後御遺族から同病院の人間ドッグ施設内に特別室が寄贈され、部屋の入口にその旨を記されたプレートが掲示されている。現在その病院は「神戸100周年記念病院」と名称が変わり、ドッグ受診の予約は半年近い先まで埋まっているという。

 K社退社後は8年振りに我が家のある宝塚に戻り半年間遊んだ後、昨年2月より大阪に在るシステム開発会社で勤務している。今までコンピューターの世界に縁遠かったせいもあり、社員同志の仕事の会話内容は殆ど理解できないが、社員の平均年齢が33歳と比較的若く、彼らと接していると不思議と若返った気分になる(但し体力の方は年相応の様で、3ヵ月程前に家の中で転んで足の指を骨折した)。

 会社勤めしているとは言え、今の会社は休暇が取り安いので(勿論他の社員はそうではない)、連休シーズンを避けた海外旅行が可能となったのが嬉しい。以前から古代ローマ帝国の遺跡に興味があり、実際に見るのが好きであった(作家の塩野七生女史によるとあの時代の技術・インフラは1700年後の18世紀まで機能していた)。イタリア、フランス、スペインは見て回ったが、北アフリカ、バルカン、トルコあたりをこれからの楽しみにしている(中近東もあるが危ないか)。

 さて来年1月で私も前期高齢者の仲間入りとなる。厚生労働省によれば65歳の平均余命は男18年、女23年とあり、男であればもう一度高校3年生まで生きられる計算になる。新たな人生の再出発となる年齢とも言え、時間的余裕からもやりたいことを始められるよい時期であろう。この「同期の輪」でも、多くの方がそうした事を実行されているのを紹介しておられる。

 まだ東京でK社に勤務していた頃、有志で「昭和かれない会」なるものを作った。昭和時代の歌だけしか歌えないカラオケの会であるが、意外と30歳前後も幾人か加わり、今でも私の東京出張時に合せて開いてくれている。余談ながら最近の研究によると、若い頃の歌を聞いたり歌ったりすると認知症の予防・治療に効果があると言われている。歳を重ねても健康と普通並の思考力は維持したいものである。

 次は兵高時代にクラブ(哲学研究部)で一緒だった坂牛八州さんにお願いします。

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