(4組 岸田浩三

 4組の岸田浩三です、堀川さんからの「同期の輪」の依頼でした。

大学は東京の学校に行きたいと思っていましたが、親に、一人子だし、君なら神戸へは帰ってこないだろうし(内心はその様に思っていました)、関西でと説得され、やむなく関西の大学に入りました為、高校・大学と通じて、勉強を遣らなかった落ちこぼれでした。

大学3年生のゼミ旅行で、就職先はどんな方面を希望かと、担当教授に聞かれ、実は父のコネで「ダイキン」に入らせて貰う事が決まっています、と言うと、教授が、3〜5年間営業を遣らせてもらっても、親の後を遣るのなら先方(ダイキン)さんにも失礼だし、辞めて実家を継ぎなさい、君のこの成績ではと言われ、すんなりと親の仕事を遣る事になったのですが、若気の至りで、親のやっている仕事は嫌で、卒業後半年で(昭和41年9月)現在の会社を起こしてもらい、以降、色々な人の手助けを受けながら、時には、迷惑を掛けたりもしながら、41年間、神戸の片隅で曲がりなりにも仕事を遣らせてもらい、現在は、少し仕事から離れ、孫のカメラマンで(運動会・音楽会・七五三等)忙しく、孫も4人で何とか元気にやっています。

今では、高校時代の友達と楽しく、ゴルフにパソコンに旅行にと、ご一緒させてもらっています。

次は、高校では3年4組で、大学では同じゼミに引っ張り込んだ金田英邁さんに御願いします。

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