( 1組 井上良三)

「銀行員の常識は世間の非常識」なーんて言われながら、ともかく艱難辛苦の41年間に亘るサラリーマン生活をまもなく終了、ウイークデーゴルフとカルチャーセンター通いを夢見ているこの頃です。 横浜暮らしがもう30年、言葉もカルチャーもすっかり横浜スタイル・・と言いたいところですが、生まれ育った神戸の気質、トラキチ体質は全く変っていません。 ただ、当地の生活が長くなったため、言葉尻が知らずきざな当地風に「なっちゃっている」かも。 久しく会っていない旧友から見れば、「東京かぶれのきざな奴」と映っても止むなしか。 先日、横浜スタジアムで49陽会の田中章雅君、岡部恵行君、新居誠彦君の4名でトラvsベイスターズ戦を1塁側(残念、ベイスターズ側)で観戦。下柳の好投と金本、林(リン)のホームランで快勝、溜飲を下げたものの、横浜で長期に亘って住民税を払っている私としては、何となく複雑な心境でもありました。 そろそろベイスターズファンになっちゃいましょうか。

両親共に既に他界、義母が須磨の施設のお世話になっているばかりで神戸に帰る(行く?)機会もぐっと少なくなりました。49陽会の面々とは、もっぱら東京での定期的な会食、東京49陽会及び三陽会(47・48・49陽会合同)のコンペ等々を通じてのお付き合いとなっています。 兵高卒業後45年、爾来いまだ一度も訪れたことはありません。その間、校庭の大木ユーカリの消滅、校舎の新築、多くの懐かしい諸先生方の鬼籍入り等々、母校の変貌とその発展振りは武陽会、49陽会のホームページや友人の便り、5年毎の記念大会時の報告等から凡そは知っているつもりです。 ただ、機会あれば是非一度訪ねて、45年前の青春時代の足跡をこの目で確かめたいと思っています。

時折アルバムをひもとき、当時の自分と今の自身の姿を比べて感慨に耽ることもあります。思えば十代の多感な頃、くりくり坊主で、チビで、色白で、はにかみ屋で、気になる女性の視線にも畏怖した自分が、長年の銀行員暮らしのせいか、今ではむしろ話好きになり、人前でも臆せずに何とか話ができるようになったことに我ながら驚くこともあります。 仕事柄いろんな分野の人達とのお付き合いを通じて、見方によっては自分なりに成長をしたと言えるのかもしれませんが、当時の真面目な純真さが消えて、処世術ばかりが長け、けっして誉められた変化ではない様にも思います。 ともあれ、これからの生きざまがこれまで生きてきた自身の価値を決めることになりそうです。

そろそろ老境に入りつつあることに間違いはないものの、「人生はまだまだこれから」と思う一方、残された時間はそれ程多くなく、若干あせりを感じ始めたのも事実。 幸い、まもなく束縛から開放され自分の時間がたっぷり持てる環境になりますので、これまで時間不足故に出来なかった謡曲や庭弄り等々、趣味の世界に深入りすると共に、神戸にも頻繁に足を運び懐かしき面々にお会いできる機会を増やそうと思っています。 引続き宜しくご交誼の程お願いいたします。

本文は、言うばかりでまだ一度もヘアーカットにお訪ねしていない「tokoyanotamichan」内田(旧姓池内)民生さんからのリレーです。
次のバトンを東京49陽会の会長役をお願いしており、かつゴルフ仲間でもある石川睦夫君にお渡ししますので、宜しくお願いいたします。

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