(4組 西島 宏志)

高原 洋君から、バトンを受けました3年4組の西島宏志です。

この項の歴々の方々の文章を、改めて読み返しますと、皆さん、本当に文章が上手なので、気軽に引き受けたのを少々後悔しております。

昭和41年10月、東京科学技術館で開催された、第1回全国安全衛生大会に弊社も出展しました。そのとき、責任者の東京営業所所長が急病になり、急遽、ピンチヒッターとして、2週間の出張予定で出かけたのが、いつの間にか、そのまま東京勤務となり、早41年の歳月が流れてしまいました。

昭和59年頃から東京−神戸の往復が始まり、今までどれだけの交通費を、旧国鉄、JRに投じたことでしょう。すべての移動距離は、と冗談まじりで、昨年、清水友幸君に話をしたら、一度記録を取ってみたらと進言され、今年から、片道10キロ未満を計算せず、記録をつけ始めました。今、この原稿を書いている時点で、すでに、44,300キロに達しています。

10年ほど前から、定期的に毎年、妻とともに、世界遺産巡りをしていますので、東京−神戸の往復距離に、海外旅行をプラスした距離が、年間の移動距離となっています。

アラスカの壮大な氷河見学から始まり、李さんに教えてもらった中国の九寨溝・黄龍。(ことのほか、みずの色の素晴らしさに感激。でも、酸素不足で参りました。)      
吉村、岸田両君から教えてもらったヨセミテ国立公園。カンボジアの代表的遺産アンコールワット。ヴェトナムのハロン湾。木の文化しか知らない私に 、カルチャーショックを与えたイタリアの遺跡など。ゴルフ旅行しかしてこなかった私には、旅行中はまさに二歳になった孫と同じで、見るもの聞くものすべてが驚愕の日々でした。
                                    
日本の世界遺産はすでに踏破していますので、欧州を限りなく行ってみたいのですが、三九歳に発症したクローン病は、食事制限が厳しく、ヨーロッパ等、乳製品を主食に多く使われる国には、行けない、行かないと決めていました。そのために、東南アジアを中心に旅行をしておりましたが、 最近、勇気を出して、時間とお金と体力の許す範囲で、年一、二回の世界遺産巡りをすることにしました。滑って転んで硬膜下血腫になったり、強行軍なスケジュールをこなし、やっと羽田に着いたら 、突然歩けなくなったり(間欠跛行)していますが、まさにレアな病気に恵まれる自分を、嫌にならないようにして、いつまで現役でいられるかを、挑戦のターゲットにしようと考えております。

もう一つのターゲットは、もちろんゴルフです。生涯ベストは70ですが、69を、易しいゴルフ場で出すことと、エージシュートを達成することを、不可能な夢かも知れませんが、目指しております。

ここまで書いたところで、横浜に住む岡部惠行君より電話があり、原稿のバトンタッチの依頼を受けました。ホームページ管理人の清水君に電話をして、今現在、複線で進行しているバトンを、一本の線に戻すことの了解をもらい、岡部君の申し出も受けることに致しました。

今、亀田君と奥方に紹介された、若石(足裏マッサージ)をやってもらっています。痛いです。とっても痛いです。でも少しずつ体が温かくなってきています。そして腰の痛みが軽減され、ボールが飛ぶような気がします。しかし残念なことに、予約がなかなか取れません。亀田君(奥様)有り難う。この場を借りて御礼を申し上げます。

つぎに、私とは、中学、高校、大学と腐れ縁の今ゴルフに凝っている熊谷 彰君にバトンを渡します。

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