49陽会の皆様、ごぶさたしております。       (2組 中杉 隆臣)

49陽会の皆様、ごぶさたしております。
三年生は二組(松原先生)、二年生は?組(体育の藤原先生)、一年生は(数学の井田先生)のクラスでした。本当に目立たぬ方で(勉強も運動も 、からっきし駄目)鳴かず飛ばずで今日迄来ました。

寺に生まれ(真宗大谷派)、生まれてこの方兵庫区の松本通りを離れた事はありません(地震の時は、一時避難しましたが)。
中学校へ定年まで勤め(兼業)、今は長男が後継ぎをしてくれていますので、時間的にはずい分ゆっくりはしているのですが、歳老いた父親の事などもあり、なかなか落ち着くところ迄いきません。

高校の思い出は、入学するなりグランドのあのコンクリートの階段状の観覧席で、がなり声を張り上げて校歌などを先輩たちから指導され、ずいぶん中学(兵庫中学出身)とは違い、高校は自由でスケールが大きいなぁ〜と、びっくりしたものです。
その効めか、今も頭の隅に歌詞のいくつかは出てくるのです。

定年を終えると、 増えるものの一つに同窓会があると言われますが、先日(今春)東沢君の経営するJR兵庫駅前のホテルで3年2組のクラス会が45年振りにあり(幹事さん達のお陰)日頃付き合っている仲間4〜5人と一緒に参加しました。
確かに顔には面影があるのですが、なかなか名前が出て来ず歳を感じつつ近況や旧況に花を咲かせながら、酔うにつれ、あ〜あの時の! 悪ふざけや楽しかった事など肩をたたきながら18歳に戻っていったのですが、話題はいつの間にか病気の事、薬の事、どこの病院がいいかなど、体の話になっているのでした。
物故者も何人かおられ、身につまされる思いでもありました。
スイスイと、何の苦難もなしに、この齢まで来た者など一人もいない様子でした。
いろいろとしんどい事、悲しい事と向かい合う事なしに今日まで来れなかったというのが共通の話題でもありました、が、齢を重ねたからこその味わい深さのようなものを、お互いに感じながら、思いだけは高校生時代に戻って、はしゃいだ楽しい一夜でもありました。

又こんな機会をと思っていたところ突然、小山俊則君からこの“同期の輪”が巡ってきて禿げた頭をなでながら、こんな拙い文章となった次第です。

次は同じ3年2組の松本信孝君が継ぐことを了承してくださっております。

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