「 記念すべき一日(黄綬褒章受章にあたって)」  (4組 棚田 肇)

1116日早朝時。二日酔いの頭でぼんやり目覚め、ホテルのカーテンを開けると空が抜けるような晴天が広がっていた。空気がひんやりとし、深まりゆく秋のまさに良き日和。
前夜は雷を伴うすごい雨だったとか。それには気付かず、ホテルで友人夫妻や妻としたたかに飲んでしまった私は、酔った勢いで寝てしまったのだ。

いつもの日課である散歩50分に出かける。宿泊先のグランドパレスホテルはこれまで何度も利用しているので、勝手知ったる界隈。周囲をただただ無心に歩いた。
ホテルのすぐ側には靖国神社がある。開門は
時。30分からのラジオ体操に多くの人が(おそらく近所の人と思う)集まっていた。見慣れない顔で不審がられるかもしれないと思いつつ、私も体操に参加した。身体を動かしてしっかり目覚めた後、境内のなかにある軍事歴史博物館を見学。若くして理不尽にも亡くなられた戦死者、特に特攻で死んでいった5,800余名の御霊に対し哀悼の意を捧げる。

ホテルに戻って朝食後、家人はセット、着付けに出かける。今回はホテルの受章記念プランで、部屋はいつも泊まるクラスよりもグレードの高い部屋、それに着付け、髪結い、記念写真が含まれた実によく出来たプランだ。業界でよく利用しているということで特別に割り引いてもらったが、それでもなかなかの経費が掛かるスティとなった。

10時になったので、霞が関の国土交通省の伝達式会場へタクシーで乗りつける。
ホテルからは通常
10分で到着できるらしいが、本日は各省での伝達式に向かう車で渋滞し20分近くも掛かった。すでに多くの人が集まっている。無事受付を済ませ会場へ。授章式は夫婦同伴でということで、ご婦人方は和装の方が多く華やかな雰囲気が漂っている。

式次第の説明の後、厳かな空気の中で式が始まった。
今回国土交通省関係受賞者
92名がずらっと並び、冬芝国土交通大臣の挨拶の後(緊張して頭がボーッとしていたのか挨拶の内容はよく思い出せない)、
15団体各代表が各自名前を呼ばれ大臣より直接褒章と賞状を受け取った。
受章者以外にも業界、マスコミの方も多く参列。業界紙の知人に日の丸の国旗を前にして記念写真を撮影してもらった。窓から国会議事堂が見え、ここはまさに国の中枢なのだと妙に感動した。

式を無事に終えてお昼に出された弁当をそそくさと食べ、
時過ぎにバスにて皇居に向かう。
バスが
号車まであったので総勢200人近い人数だったのだろう。私たちは号車で生まれて初めて坂下門より皇居へ。
新宮殿前の広場でバスを降り、案内の方と共に中に入った。そこには我々のほか経済産業省、消防庁の方々も一緒で総勢
450人ほどが会場を埋めていた。ふわふわの絨毯、清冽な空気、広々とした部屋。会場の高貴な雰囲気と陛下にお会いするという緊張感とがあいまって気分が高揚していた。

ちょうど1階と階の間に東山魁夷の大きな絵が掛かっている。大変美しい絵でしばし見とれる。今日の日にこの大先輩(兵庫高校の先輩です)の絵が私達を温かく見守ってくれている・・・胸が一杯になった。
しばらくして階へ移動。
春秋の間は、お正月など一般参賀の時にご一家がおでましになり手を振られる場所のすぐ奥にある。立ち位置や、お言葉を賜るときの頭の下げ方など細やかな指示が係りから説明される。
何組か受章者の奥方の後ろでご主人が控えておられたのを微笑ましく感じた。

そしていよいよ、侍従長に先導された陛下が入場。テレビなどで拝見するよりはるかにお元気そうでお若いと感じる。一般人とはかけ離れたオーラを感じたのは私だけではなかったと思う。「このたびの受章おめでとう。これからも体に気をつけ、世のため人のため尽くしてください」という内容のお言葉の後、全員によく見えるよう会場をグルリと回り、目でのご挨拶と身障者への労りを見せておられた。私は緊張しただただ感激。普段少しは骨もあり意見もある自我の強い私だが、あの場所では純粋に良き日本国民になり、世のため人のために生きたいと感じていた。
 

式終了後、新宮殿前庭での記念写真を撮影。バスでまた国土交通省に戻ってそこで解散となった。
午後
時。東京はすでに薄暗く、晩秋の夕暮れが辺りを覆っていた。こうして私の人生で記念すべき一日が終わった。

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大臣表彰受賞から年。今までの慣例からいって何年か後には黄綬褒章の候補になることは予想していました。ただし大幅な赤字、倒産、廃業あるいは病気、交通違反、世間を騒がすような行いなど不行跡がないことが条件で、この年間はいつも以上に緊張感のある日々を過ごしました。月頃に候補の知らせ、それから功績調書作成、その諮問、9月の内示の知らせ。そして1024日の閣議決定。11月日の新聞発表と、私にとっては長い長い道のりでした。

この受章は親の跡を継ぎ、この仕事を真面目に一生懸命やってきた結果だと素直に喜んでいます。これも先代の社長である父、社員、業界や学生時代からの友人、そしていつも寄り添い支えてくれた家内のお陰だと感謝しています。これからも健康第一に、より一層精進していくつもりです。

 

平成1812月   棚田 肇


加藤満国さんから同期の輪のバトンが来ました。 小生先日秋の叙勲ではからずも黄綬褒章を頂きました。拙文ですが 其のときの伝達式の様子をご披露します。
次のバトンは藤原紀子さんにお願いしました。 
 

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